数秒前、スーツ用のベルトを手にとっていた話。

 数秒前、僕はなんとなく「死のうかなあ」と思ってた。

 ベルトを首に巻いて、それでドアノブに引っ掛けてみた。そのまま体重をベルトに預ければ多分首がしまって死ぬのだろうと。でも、ドアノブって重さがかかったら下がっちゃうじゃないですか。そうならないためには上のほうの何かとノブを紐で固定したりしなきゃいけないんですよね。それで「めんどくせえ」と思ったので、やめた。

 たぶん当分はやらないと思う。

 でも「なんでそんなこと思った!? やった!?」って言われそうだから書いとくけど。

 まぁ色々あったんすよ数日で。死ぬほど些細なこと。ほんとに些細なこと。でもそういうことが意外と重要やったりするねんな。(CV島田紳助)

 なんかそれで「あれ? 俺、”無為”じゃね?」ってなって。

 なんかもう、いいかなあって思っちゃって。自分が死んだ後のこと考えても意外と怖くないなって思っちゃったんですよね。

 だから死ぬのもアリかもな―って、よぎっちゃった。

 でもやらん。だって多分痛いだろうし。あとやり方詰めていく時にググるのがこわい。グロいの踏みたくない。というかそもそも全体的にめんどくさいよね。一秒で逝ける方法なんてのもないし。

 ただ、それでも「死にたみ」みたいなのは多分ふんわり何回かおそうと思うので。何かしらをやろうとするかもしれん。それでも多分やらんとは思うから安心してほしい。

 メンヘラ乙とか言うなら勝手にしてくれ。それもそうだと思う。

 病院いけ、と言うのは、まぁわかる。でも高いんだよ。値段。

 あと、実家住まいだと色々面倒なんだよ病院ひとつとっても。色々縛られてんの。面倒くさいよほんとに。

 ただ、なんだろう。かつて本当に心療内科かかりっきりになってた時はもっと思いつめながら「死にたい」とか思ってたんだけど、その時よりは今そういう状態じゃないんだよね。でもその頃よりも簡単に死ねてしまう。だからちょっと考えてる。「死」っていうのに人間が吸い寄せられる条件ってなんなんだろう。わかったひとはおしえてね。


 それで僕は結果として生きているのでこれを書いてる。

 これからも同じことをやりかけたら書くとおもう。そうやってずっとズルズル生きてたらそれはそれでいいと思うし、もしそうじゃなかったらまぁそういうことなのかもしれんけど……ま~~~~ないと思うよ。安心して、とは言えないけど。

 では。

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