ワールズエンド・カーニバルシティ(読み切り版)

 その日、ロサンゼルスは文字通り『異界』と化した。

 とある存在の引き起こした事件により、街の人間の多くに超常の力が備わった。翼が生え。足が速くなり。念動力が使用できるようになり。彼らを取り巻いていた環境は変わった、あまりにも急激に。誰も到達したことのない境地へと、彼らは誘われた。まるで抵抗することも出来ず。

 それから10年――『アンダーグラウンド』と呼ばれるかつてのLA。人外、超常者達の跋扈する混沌と喧騒の街の中で、物語は始まる。

 ボク達の仲間であるグロリア・カサヴェテスが、その歌の歌詞解釈について彼女らしい独自解釈を豪語したのは、ちょうど昼の十二時を過ぎた頃、アンダーグラウンドの陰鬱な陽光の下、カフェテリアでのことだった。

「確信をもって言うけど、あれはファックの歌なのよ」

 豊かな金髪と薄着、規格外の胸。嫌というほど透明で青い目。それらを振るいながら彼女は、広葉樹の意匠が施された丸テーブルの前で雄弁を振るってみせる。ボク達を含めた、複数の女達の前で。

 行き交う車のクラクションや駆動音が間近に聞こえて、その傍を無数の異形達が通り過ぎていく。
 動物の頭部を持つ者達、体の一部が異形である者達。あるいは、機械化された者達。それら全てが排気ガスや影に包まれて、ボク達の傍を通り過ぎる。

「だってそうでしょ、波、終わり、と歌ってるのよ――これは早漏の歌よ」

 懐疑の目が自分に注がれているのに気づいているのか居ないのか、彼女は雄弁に語る。だが長くは続かない。座っているうちの一人が、彼女に対して異議を唱える。

「なんでもかんでもファック、ファック。発情期の猿でももう少しマシだわ」

 それは長い黒髪と沈んだ暗い目のミランダ・ベイカーだった。異様な嫌悪の篭った声で、じっとりとなじるように言った。伏し目がちに、だがしっかりグロリアを睨みながら。

 発言を遮られたグロリアは悪い寝覚めを迎えたかのような表情を浮かべて、『反グロリア派閥』であるミランダに食って掛かる。

「そう思うんなら、反論を用意してみなさいよ」

「それをする必要、ある? 今は昼食の時間――そうでしょう」

 彼女の視線はキムに注がれる。
 向かい側のソバージュの少女。キンバリー・ジンダル。やや内気でナード気質な彼女がこういう時に取る反応といえば決まっていた。今回もその通りになった。
 2つの視線に対して――「んーと……わかんないっスね」と笑ったのだった。

 ミランダは溜息をついて、再びグロリアとにらみ合う。この二人の『仲の良さ』は特筆モノだった。取っ組み合いにならないだけマシだと言えよう。そしてキムといえば、矛先が自分から逸れたことに安堵してスマートフォン弄りに戻る。コーヒーは冷めていた。

「カルト女!」

「売女!」

 金髪と黒髪の言い争いのさなか、我関せずとキムの隣りに座っているのは銀髪の和装の少女。名をチヨ。目をうっすら閉じて、流れる昼の生暖かい風に身を委ねていた。そんな彼女の前にはマッチャが置かれていて、既に飲み終わっていた。

 ――そしてボク。
 シャーロット・アーチャーといえば。グロリアとミランダの争い(食器がうるさく音を立てる)のさなか、なるべく二人に視線を合わせないようにしながら、ストリートの情景をなんとなしに見ていた。
 ボクはここに来て日が浅かった。まだ飽きてはいなかった。

 トカゲ頭のウェイターが、グロリアが計画性なしに注文した蟹料理を運んできた。先日蟹人間の足を折って客に提供した男が逮捕されたことを思い出す。

 喧騒に満ちるストリートを見る。
異形達が下を向いて陰鬱に歩く。誰も自分の姿を歓迎しては居ない。一部を除いて。

 ボクの視線は、ストリートの端、消火栓の隣に注がれる。
 誰も彼もが無関心の鎧を着ながら通り過ぎていく。

 女は、手が三本生えていた。それぞれが3つのベビーカーに繋がっており、それぞれで泣く子供たちをあやしていた――どこか途方にくれた顔で。

 ――ボクはどういうわけか、フリークスの群衆の中で、彼女だけがやたらと目に焼き付いた。他の全ては灰色に見えても、彼女だけはフルカラーで鮮明なようだった。ボクの中の何かがうずいて、身体が席から離れそうな気がしていた。そこで――声がかかった。

「――じゃあさ、アンタはどう思う、シャーリー?」

 グロリアからだった。

「……えっ?」

 そこでようやく、ボクは他の皆に囲まれるような状態で席に座っていたことに気付く。これまでの彼女達の視線すべてが、ボクに注がれていた。参った、どうするべきなのだろう。

「ボクは……」

 どう答えたものか。

「どーなのよ」

 蟹にむしゃぶりつきながら、グロリアが不満げな声音を出す。

「んん……」

 言ってしまっていいものか。ボクの頭に浮かんだ言葉を、そのまま発してしまうには、どうにも気が引けた。というのも――。


「さて諸君、天使の時間は終わりだ。我々にとって面倒な時間がやって来るぞ」


 答えあぐねていたボクの背中から、その声が響いた。涼やかで、よく通るややハスキーな声。
 振り返るとそこには、ブルーストライプシャツに身を包んだ、キャリアウーマン然とした姿の女。当然皆知っている。

「何よフェイ、今丁度盛り上がってたとこなのに」

「あなたが勝手に盛り上げてたんでしょう」

「ああッ!?」

 フェイと呼ばれた我らが室長はくすりと笑って――慈愛の笑みで――我々を一瞥すると、チェアに座って、残っていたアイスコーヒーを一息に飲み干す。

「何の話をしていた? ん?」

 いささか唐突に、彼女は食いついた。そしてよりによってその顔は、ボクに――向けられた。

「ええっと……」

 そう……答えづらい。趣味が悪くてボクには受け入れがたい、今さっきの話題は。

「ほら、言っちゃいなさいよシャーリー」

「うーん……」

 ――その時。

 突如として、ボク達の側面側、ストリートは、轟音と巨大な振動に彩られる。その瞬間一体何人のフリークスが、時間が緩慢に感じられただろうか。

 とにかくそれは突然だった。視界の一部が暗くなったと感じると、間もなくストリートに何かが落下したのだと分かった。

 瓦礫の破片が舞い上がって空中を彩る、周囲に居た者達が逃げ惑う。

 そのさなかに現れた『それ』を、ボク達はほぼ同時に見た。

 もっとも、チヨはキムが肩を揺すってからようやくそちらを向いたわけだが。

 ――それはモノなどではなかった。断じてなかった。


「おーーーーーーーっほっほっほっほ!!!! 相も変わらず浅ましい街ザマスねぇ、さぁこの私『閃光卿』と可愛い私の弟が、綺麗を汚いに変えてあげましょうッ!!!!」

「GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!!!!!!!」

 耐え難いほどの甲高い哄笑と絶叫。

 そこに現れたるは四足歩行の巨大獣。

 というよりは恐竜そのもの。巨躯を揺さぶりながらアスファルトを蹂躙し、車をなぎ倒し、逃げ惑う人々に咆哮する。

 その上に一人の女。けばけばしいピンクのフリル姿とポンパドールを纏って高らかに笑っている。破壊を見ながら。

「こっちに来るぞ!!!!」
「逃げろおい、インスタなんかしてる場合じゃねぇだろ!!!!」

「AAAAAAAARRRRGHHHHHHHHHH!!!!!!!」

 騒ぎは大きくなるばかり。突如現れた怪物に右往左往するフリークス達。自らの姿も化け物に相違ないのだが。

「おーーーーーーーっほっほっほっほ!!!! 逃げなさい逃げなさい!!!!」

 女は笑いながら指先をストリートのビル街に指し示した。すると次の瞬間――瞬きとともに、まばゆい光の線が発射される。
 それは建物を穿ちさらなる轟音と狂騒を生み出す。
 彼女もまた破壊に加わったのだ。

「なんなんだこいつら、何やってんだ!!」
「いきなり何なのよおおおお!!!!」
「間違いねえこいつらテロリストだ!!! この前テレビでやってた……《《ドミンゴス姉弟》》ッ!!!!」
「ご明察ゥ!!!!」
「GRRRRRRRRRR!!!!」

 破壊、騒乱、破壊、狂乱!!!!

「……」

 街が破壊されていく――ボク達は真横でそんな惨劇が繰り広げられているのを見ていた。
 だが、ただ何もしないというわけではなかった。
 ミランダがコーヒーを飲み終わる。そして、逃げ惑うフリークスの一人が、こう叫んだ。

「勘弁してくれ、これじゃあ世界の終わりだ!!!!」

 その時。

「さて……と」

 ボク達は立ち上がる。一斉に。
 肩を回しながら、気だるげに溜息を付きながら。
 それから、席に勘定を置く。

 ウェイターはもう居ない。当然のことだ。惨劇がすぐ目の前にある。つんざくような色々な音で溢れているのに、ボク達の間は異様に静かだった。

 そう――グロリア・カサヴェテスが意気軒昂と話していたのは、スキータ・デイヴィスの『世界の終わりに』について。
 まさに今、このふざけた街の状況におあつらえ向きというわけだ。そしてボク達は、そんな状況と対峙するように……ゆっくりと、席を離れた。

 先程まで口論を続けていた金髪と黒髪もそれをやめて、怪獣と女を見ている。矢継ぎ早に広がる破壊の痕と共に。

 キムは眠たげに目をこするチヨを揺り起こして立たせる。

「……ねむい」

「ほら、チヨさん立ってください。世界の終わりがもうすぐそこなんですから」

「……」

 彼女は、目を開ける。

「室長。あれ……」

「ディプスの仕業、じゃあ……なさそうだな」

 フェイはボクの真横で煙草を吸いながら軽い調子で言った。いささかの動揺もしていない。そしてそれは――皆も。ボクも、同じだった。
 化け物は暴れ続け、大昔のSF映画みたいなビームが荒れ狂う。放置しておけば、やがて街全体が破壊される。

 だが、ボクらは動じない。泰然自若。そうあってしかるべきとでも言うように。それからまもなく――。

「だったら……どうするんですか?」

 フェイは……ボク達の室長は、涼やかな笑顔を向けて、言った。


「やることは一つだ――とっとと世界を救って、酒の続きを飲もう」


 結局いつも、全ての流れが決まるのはこの人の一言なのだ。

「じゃ、決まりね」

 ボク達は席を離れる。そして、騒ぎが増していくストリートのど真ん中へと、ゆっくりと進んでいく。
 周囲を人々が通り過ぎていく。異形の人々が。だが歩みの速度を変えることはない。

ボク達だけ、時間の流れが違うようだった。ボク達は進む。化け物と女に向かって。横並びに、確実に――歩いていく。

 小鳥のように優雅に、獣のようにしとやかに。ボクと、女達が――歩いていく。最強の、女達が。世界の終わりに向かって。

 さぁ、描写はこのあたりでいいだろう。そろそろこの物語も始まりだ。
 ボク達の名は――第八機関《マークアハト》。キュートに、ロックに、世界を救う。人知れず、あざやかに。

◇ワールズエンド・カーニバルシティ◇

◇番外編◇

◇ピース・オブ・ケイク◇

◇ 推奨BGM…JET「Are You Gonna Be My Girl」◇

◇To Be Continued...◇

 ……というわけで、いかがだったでしょうか。『ワルカニ』の読み切り。
 完全に某洋画を意識しています。というかモロですね。気付いた貴方は私と趣味が合うと思います。

 ――この作品の主役たち、つまり『第八機関』のメンバーですが、この短編では披露していないものの、しっかりとそれぞれの『戦闘能力』を持っています。それが描かれるのは連載版のほうを要チェックです。

 さて、これ以上の解説は不要でしょう。この短編で、だいたいの私の『やりたいこと』みたいなのが伝わったんじゃないでしょうか。
 もし何か感じるものがあったあなたは、完全に『ワルカニ』適合者だと思われます。そうなれば、後はもうこの猥雑で騒がしい世界に飛び込むだけです。

 さぁ、道は用意されています。
 祝祭都市《カーニバルシティ》へ、ようこそ。
 ↓
ワールズエンド・カーニバルシティ - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054884797493

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