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まだ、夢の途中

2年前の秋、会社をやめて引っ越しをするタイミングで少しの間だけ日本を離れてみることにした。

最初から最後までひとりで海外に行くのは初めて。

行き先はヨーロッパ。行ってみたかった場所をリストアップして、行けるだけ詰め込んだ9ヶ国、17都市。5週間ひたすらに歩いて、動いて、見たことのなかったものをたくさん見た。

今思うと結構がんばったなあと思うけど、あのときはどうしても「夢を叶えてみたい」と思っていた。

それまでやりたいと思ったことに対して何かが叶った思い出がなかった。だけどヨーロッパに行くという夢であれば、お金を貯めてパスポートさえ握りしめておけば叶えることができる。それならば、できるかぎりいい思いをさせてあげようと思ったのだ、自分に。

実際に、滞在中にこれは夢かもしれないと思ったタイミングはいくつもあった。というか、何度も夢でもいいなと思った。

ブルージュの陽の落ちかけた広場で出来立てのフリッツを食べながらベルギービールを飲んだときも、プラハの天文時計の前で子どもがシャボン玉を飛ばしているのをぼんやり眺めたときも、憧れだった楽友協会でウィーンフィルの演奏を聞いたときも、そのまま夜行列車に飛び乗ったときも、ヴェネティアのゴンドラおじさんと手を振りあったときも、グエル公園で朝焼けを見ていたときも、それから、最後の夜にポンヌフ橋を歩きながらこの1ヶ月のことが全部なかったことになっちゃったらどうしようと泣きそうになったときも。

そのどれもが夢を見てるみたいだったと思う。滞在中に毎日書いてた日記には何度も「夢かも」「夢が叶った」「夢みたいだった」と書いてあった。

夢かもと思うどころか、ここで死ねたら幸せなのにとすら思った場所だってあったし、初めて行ったはずなのにとても懐かしく思えた場所もあった。

当初は行く予定じゃなかったのに、スケジュールの関係で突然行くことを決めたフランスのリヨン。降り立った瞬間に、あれ、来たことあるかもと思うくらい空気が馴染んでどこもかしこもなつかしくて、こんな風に思うことがあるんだなと感動すらした。

フランス第二の都市だなんていうから、どんな大きな街なんだろうと思っていたけど、川を越えた瞬間に一気に中世の街並みがそのまま残る旧市街。

あちこちにあるだまし絵を探して迷子になるのも、笑ってしまうほどきつい階段も、信じられないくらいに見通しのいい丘の上も、いたるところにいる『星の王子様』も、ときめきすぎて入ることを躊躇う本屋さんも。

1泊しかしてないだなんて信じられないくらいに街全部がだいすきだった。

戻ってきてから、写真を見返すことはあまりないけど、それでも雑誌やテレビで映るきれいな街並みを見て「ここあのとき行った場所だ」とわかってしまうのはなんだか不思議だ。だってもうあまりにも遠いのに。

時間が経つにつれて、記憶はどんどん薄れていく。あのときあれだけ足が棒になるほど歩いたのに、もうどんな場所を見たのか忘れてしまったし、そのとき共に過ごしたスニーカーもボロボロになって捨ててしまった。

そういえば出発時には自分がこれから何をしてどうやって生きていこうか、きっとちゃんと向き合えるはずと確信的に思って飛び立ったことを思い出す。英語がほとんどできないわたしは、他の人と話すこともほとんどなくて、ひたすらに自問を続けていたはずなのに結局「自分探し」なんてできなかった。

ほんとの自分なんて見つけられないし、新しい自分になんて出会えないし、ただ、「夢みたい」と思っていたことと、「また来たい」と思い続けていた。多分それだけだ。

それでも戻ってきてから、書く仕事を始められたことは幸運だったと思う。書いているうちに「書くことがすきだった」と思い出して、そのまま運良く、ここまで生きてこれてきてしまった。

もしかしたら、かろうじて思った「また来たい」が叶えられるかもしれない働き方。そうだとしたら旅に出た意味はあったのかもしれない。

運が良かっただけだといつでも思ってるから、いつも頭のどこかで今の生活を信じ切っていない。だからもしかしたら、まだ少しだけ夢の中にいるのかもしれないと思うこともある。

ヨーロッパの地で何度も夢かもしれないと思ったあのときから、もしまだ夢から覚めていないのだとしたら。

もしまた、ヨーロッパに行くそのときまでどうか覚めないでほしいと思う。あわよくば、ずっとずっとこのままでいてほしいとも思ってる。

ヨーロッパの街並みをこの目で見ることが小さい頃からのずっとずっと夢だったし、それが叶うことが旅をすることで手に入るものだったのだとしたら、わたしが「旅人」になったのはきっとあのときだ。

夢みたい、と思ったあのときが、きっと旅をしていると実感したとき。

そして、その夢がまだ覚めていないのだとしたら、きっとわたしはまだ旅人で、可能であれば、これからもずっと旅人のままでいられたらと思う。


もっともっと新しい世界を知るために本を買いたいなあと思ってます。