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ブリーチング・チャージ #1

 本当にやるのか。私の背中に、冷や汗が滴っていくのを感じる。私の前では数人のメンバーたちが、「業務」中のウチの会社の壁を破壊すべく準備を行っている。
 認めよう。確かに昨日のあのときは私に血が昇っていたし、おまけに自棄酒をキメまくって泥酔していた。だから、私の会社がやっている悪どいことも、自分からあの人たちにベラベラ喋っていたし、全部メチャクチャにして白日の下に晒そうぜ!という言葉にもヘドバンして頷いた覚えもある。
 それにしたってまさか、まさか物理的に会社を破壊しにかかるなんて思う人間が世界にいるだろうか?もちろんノーだ。二日酔いで割れそうな頭で私は考える。
「ブリーチング準備ヨシ!」
「ヨシ!」
 リーダー(八咫とか名乗ってた)が壁に黒い板を貼り付け、それをメンバーが指差し確認する。八咫が私を見て、何かを差し出した。それが散弾銃であることに、私は三秒の時間を要した。
「何でこんなのが必要なんです?」
 私は聞いた。
「何でって、ここは相当ヤバい武装区域だからだろ?むしろスーツのアンタ、えーっと、タナカさんが怖いぜぇ」
「は?」
 八咫の答えに、私は戸惑った。そんなの初めて聞いた。武装区域?意味分かんない。私は夢でも見てるのかな。
「ほら、これも着ときなって。二日酔いだから重装備させんのも酷かと思ったんだけどさ、流石に仕事前だからアレだろ」
「仕事」
 ついでに渡された黒いベストを着込む。金属でも入っているのかやけに硬い。しかしとても軽い。おまけに用途不明の手のひらサイズの円形パーツが各所についている。それらは微弱で、青い光を放っていた。八咫は私が奇妙なベストを着て、散弾銃を持ったことを確認すると、さらに私に黒い端末を渡した。
「これ押すと、突入開始だから」
「え?突入?」
「そう。そういう話したっしょ?だいじょーぶだいじょーぶ、タナカさんはOJTしてお金と転職先もゲット、ついでにスカっと。俺らは人材一人ゲットして新人教育。ウィン・ウィンの関係ってやつ」
 OJT?OJTって言ったのかこいつは。会社に武器持って突入するのが仕事なの?私は新人なの?あまりにも現実から離れた言葉が二日酔いの頭を揺さぶる。
「うーん、その顔……もしかして……」
 私の表情を察してか、八咫は考え込み始めた。鉄火場一分前なのに平気なのだろうか。非現実的環境に適応するためか、そんなことを考えた。八咫は無線機を取り出し小声で話しだした。
「あー、モシモシ、ウチの新人ちゃんなんだけど、世同症になっちゃったみたい。……え?やんの?このまま?」
 セドウショウ?また変な単語が出てきた。八咫は短い返答を続け、無線を切った。そしてため息をついてこちらに向き直る。
「タナカさんさ」
「はい?」
 八咫の声色が真面目になった。思わずこちらも姿勢を正してしまう。
「多分、タナカさんの思っているここと俺らのここは違うんだ」
 八咫は指を真下に指し、「ここ」を示していた。
「もう戻れない。全く違う常識が始まると思う。だから……」
 昨日の言葉が本当なら、このボタンを押すんだ。今の環境が嫌なんだろ?全部放り出して新しい場所に行きたいんだろ?なら、今がそのときだ。八咫はそう告げた。何も分からない。なんでこんな状況なのかも、全てが謎に満ちている。それなら私は……

 BOOOOOOOOM!
「タナカさん!やるんだな!オラ、行くぞ兄弟!」
「了解!」
「ウォー!」

 壁が砕け散ってオフィスを私たちの視界に晒す。即座に八咫や、仲間たちがなだれ込んでいく。八咫が言い切った直後、私は叫びながら端末のボタンを押していた。

「わけわかんない!わけわかんないけどッ!もう全部ムカつく!だから!」

 昨日までのクソみたいな会社も。辞める決断をしなかった自分も。あらゆる前提が狂っている世界に迷い込んだことも。この事態を理解できないことも。全てに腹が立つ。だから、私はこのボタンを押すことにした。

To Be continued...?

Photo by Drew Beamer on Unsplash

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