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エンちゃんが行くわよ 2024年3月

硝子の急須の中に咲く花

汀艷 (色々不詳 パラレルワーカー)

突然ですが、私は物足りなかったのです。それなりに地獄を見てきた私にとって、今の環境は、身に余るぐらい幸せなのに。音楽学校在学時から本名名義で活動している作曲のお仕事も、最近は、ありがたいことに、楽譜の出版やCDの製作のお話を頂いておりますし、休みの日に家族でショッピングや食事に出掛けるのも、いつも楽しみですし、家に帰れば、目に入れても痛くないぐらい可愛いシー・ズーとキジトラが待っておりますし、恋人は、色々と脆弱で不安定な私を、決して綺麗とは言えない私を、いつでも大きな愛で受け止めてくださいます。それでも、何故なのでしょう。「満ち足りない」という言葉とも違う、いったい何なのでしょうか。程好い忙しさの隙間に見え隠れする「退屈さ」にも似た心の些細なほころび穴、あぁ、やっぱり上手く説明できませんでしたね。ざっくばらんに白状しますと、今の私にとって、音楽と文芸の世界だけでは、表現が窮屈になっていました。

オーディション

Twitterの誰かのリツイートで、ふと目についた募集要項を、なんとなくスクショして、代わり映えのない日常を過ごしながら、それでも数日そのことばかり考えてしまっておりました。「…いやいや、まさかね。」なんて色々想いを馳せておりました。堂々巡りに。そして気が付くと、スクショした募集要項の文言を、舐めるように眺めていたのです。
本当は、最近のモヤモヤの正体を知っておりました。遠い昔に圧殺されてしまった夢の数々です。わかっておりましたとも。劣悪な環境やルッキズムによって、それでも最後は、自分自身でトドメを刺して壊してしまった夢の数々。彼等の仕業で間違えありません。軍扇を掲げて私の中で暴れまわっていたのは、「銀幕スターの私」なのですから。

容姿端麗だったら、歌って踊れる大スターになりたかった。
女性に生まれてれば、タカラジェンヌ(トップ娘役)になりたかった。
筋骨隆々だったら、濡れ場もこなせるアクション・スターになりたかった。
パンダに生まれてれば、きっと今ごろ動物園の人気者…

そういうタラレバは、もうおしまいにしました。つまらないですもの。私はきっと、これらの憧れからは、うんと遠い所にいる存在。殆ど真逆の生き物なのだと思っております。それでも、世の中はそもそも、美男美女だけで回っているわけでは決してありません。お利口さんだけでも、血気盛んな人だけでもありません。私の立ち回れる居場所だって、きっとあるのです。
「やってみよう。」と、とるものもとりあえず応募しました。
とはいえ、朗読劇や古典芸能、シアターピース作品の舞台経験があっても、映画なんて未知なる世界ですから、ド素人の私は、オーディションに落ちても仕方がないと思っておりました。記念受験ではありませんが、もし落ちても、これをきっかけに新しい事を必ず始めようと決めておりました。
オーディションは書類審査、面接審査、現場審査と合格を頂き、団員のみなさんと初めてお会いした現場審査当日の夜には、もう既に私は団員の飲み会に参加していたのです。(借りてきた猫のようにチョコンと。) そして、お酒の席でみなさんにつけてもらった呼び名が、エッセイのタイトルにもある「エンちゃん」なのです。映画俳優の卵、汀艷 = エンちゃんが爆誕した瞬間です。

こうして私は、映画を作る世界に飛び込んだわけでございます。


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