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「無才の姫」が自尊心を取り戻す物語

アイコンを見ての通り、私は年季の入ったゲーマーだ。

初めてゼルダシリーズをプレイしたのは1986年、ディスクシステムの『ゼルダの伝説』『リンクの冒険』など初期作品だった。以降、任天堂のハード迷走期にはゼルダに触れることもなくなり、再び戻ってきたのはブレスオブザワイルド。今では久しぶりにゼルダの世界観へのめり込んでいる。

新作のティアーズオブザキングダムも、発売日から寝不足になるまでプレイした。この2作にこれほどめり込めたのは、無論優れたゲームシステムが最大の理由であると思う。しかし、あくまで個人的にではあるが、物語の鍵となるゼルダ姫が「ステレオタイプな姫」を捨てていることも一端を担っていると感じた。

以降、ブレワイやティアキンにおけるゼルダ姫の姿を追ってみる。公式トレーラーから読み取れる程度の内容にはとどめるが、ネタバレにはご留意のほどを。


大人にも刺さるリアルな苦悶

ブレワイは、ファンタジーでありながらも生々しく痛々しい物語だった。

この手の冒険活劇には、何かしらの能力を秘めた勇者や姫が登場するもので、ゼルダシリーズの過去作においても概ねその傾向があったように思う。しかしブレワイにおけるゼルダ姫は、自らの能力に絶望し、重圧に負けず鍛錬を続ける剣士リンクに嫉妬するという、なんとも等身大な描かれ方をしていた。そしてついには、ゼルダ姫の能力が覚醒する前に厄災復活の日を迎えてしまう。
無責任な期待と無駄な努力を周囲から強いられつつ、一向に結果を出せない……そんなもがきが、現代に生きる人々の苦悶にも似たリアルさを孕んでいたのだ。

ブレワイのゼルダは、宿命に翻弄される「御ひい様」だった

ブレワイは晴れ晴れとしたエンディングを迎えたように見えたが、ゼルダ姫はそのズタズタに切り刻まれた心を、そして無才の姫と蔑まれた自尊心を取り戻していないように感じた。エンディングでゼルダ姫は「私平気です」と屈託なく笑うものの、あれは「やっとスタートラインに立てた」という安堵の笑みだったのではないか?そう考えると、ゼルダ姫自身のコンプレックスも、魔王も、ただただ封印しただけなのである。泡立つ鍋に蓋をしただけでは、いつか漏れ出てくるだろう。

能力の発現は手段に過ぎない

さて前作から数年が経過したと思われる、ティアキンの世界。まかり間違っても、ハイラルが奇跡的な復興など遂げてはいなかった。そもそも100年も前に王国は滅びており、かつて厄災に乗っ取られた神獣やガーディアンの姿こそないものの、城下町の荒廃ぶりや惨憺たるもの。
ところがその割に、ゼルダ姫からは悲壮感がこれっぽっちも滲んでいなかった。

城下町の復興はスローペースだ。しかし王族の生き残りがゼルダ唯一人なのだから、むしろこれが自然な姿なのだろう。

王族唯一の生き残りであるゼルダ姫は、華やかなりし生活への未練を微塵も見せずに、少しずつ復興へ取り組んでいた。短く切った髪からは決意が漲り、表情には強さも湛えている。
変化の足跡を辿るべく各地を冒険するうち、ゼルダ姫が何をしてきたかが見えてきたのだが、これがいい意味で地味だ。周囲が善行をお膳立てすることもない。聖なる泉で祈りを捧げるような様式美もない。ただその一見地味な行いが、残された民からの信頼感を醸成させたようにも見えた。

おそらくゼルダ姫は、「ハイラルの姫巫女」という特別な存在であることを一旦意識の外に置いたのだと思う。つまり姫巫女≒能力者であることは手段に過ぎず、本来の目的は民を護ることだというシンプルな事実に改めて気付かされた。憶測に過ぎないが、そう考えるとしっくり来る。
このゼルダ姫の成長に、ブレワイからのプレイヤーはグッとこみ上げるものがあったのではなかろうか。

相変わらず物言わぬリンクだが、今作でのゼルダ姫の成長ぶりには姫付きの騎士として肩の荷が下りたかもしれない。

特別であろうとすることの罠

著しく傷ついた自尊心を取り戻そうとするとき、例えば実績も伴わないのに一足飛びの成功を求めたり、すべてを楽にしてくれそうな魔法の言葉を求めると、いびつなアイデンティティが生まれがちである。ないものねだりを拗らせ、何かをインスタントに身につけたとしても、それはメッキにすらならない。特別であろうとすることはおおよそ罠なのだ。

ブレワイとティアキンのゼルダ姫は薄っぺらい下剋上など渇望せず、己の感受性で小さなしかし輝くものを捉えている。
もちろん表にはゲームらしいカタルシスが用意されてはいるが、裏ではゼルダ姫が一歩一歩着実に踏みしめていることに、私はこのゲームの良識のようなものを見た。

ラストには些かご都合主義な展開はあったものの、それを帳消しにする体験が待っているティアキン。冒険好きも、戦闘狂も、クラフトマニアも、それぞれが存分に楽しめる傑作だと思う。
最近ではティアキンが初ゼルダのゲーム実況者が、クリア後にブレワイを始めるケースもしばしば見かける。それほど引き込まれるゲームであるという証拠だろう。未プレイの方は、2つ併せてぜひ。


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