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「あこがれ」

 珍しくテレビを見ていた。番組のあいだに流れるコマーシャル。楽曲の発売日を知らせる文言にふと、違和を感じる。アイドルグループのメンバーが「絶賛配信中!」と可愛らしい声をそろえていた。私が高校生の時は「NOW ON SALE」だったよな。渋い声の声優が流暢な発音で言うのだ。そうか、今はダウンロード販売なのか。ディスクを買って、パソコンに読み込んで、自分だけのプレイリストを作るのは時代遅れの作業なのか。そう気づいてふと、寂しくなる。あの手間が好きだった。初めてCDを買ったのはいつだっけ。
 年の離れた兄の部屋では、邦楽洋楽問わず常に誰かの歌が流れていた。私が好きな曲は兄の「好きだった曲」なのだ。CDはそこにあるもので、買うものではなかった。あぁ、そうだ。私が初めてCDを買ったのは、兄が大学進学とともに一人暮らしを始めたときだ。彼が出ていった部屋は音楽が止まってしんとしていた。留守番が少し怖くなったのを覚えている。だから代わりになるものを求めたのだ。
 中学生だった私に当時何千円もするものが買えるはずもなく、レンタルCD屋のワゴンを漁った。今の中高生はレンタルCD屋もわからないのだろうか。便利な時代になったものだ。ダウンロード販売が主流ではない頃、CDもDVDもレンタル屋というのがあった。有料の図書館のようなもので、お金を払って好きなものを借りることができたのだ。そして、そういった店では流行が去り、古くなったものを格安で販売していた。軒先のワゴンに雑多に入れられたCDの中から、聞いたことがあるアーティストの名前を探す。聞いたことがなくてもよさそうなものを見繕った。初めて買ったCDは誰のものだったか。
 私が500円玉を握りしめて購入したのはYUKIのアルバムだったな。黄金のドレスを着た彼女が木に腰掛けているジャケット。角のような髪型が可愛くてひきつけられた。擦り切れるまで聞いた。今もずっと聞いている。中古CDはすぐに音が飛ぶようになって、焼き増ししたものを聞き、高校生になったとき新品で買いなおした。サブスクリプションサービスに加入してからもダウンロードしてオフラインでも聞けるようにしている。
 「可愛い」は理解できるけど、自分には似合わないと思っていたあの頃。YUKIが歌う女の子は、私のあこがれになった。高音なのに掠れた声と、大きな笑顔で愛を歌う彼女から目が離せなくなったのだ。どんどん変わって、錆びない人に。目の前の大きな岩を壊すセンスは絶賛研摩中だ。

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TR: あこがれ / 紙魚著||アコガレ
PTBL: 紙魚的日常||シミ テキ ニチジョウ <> 9//a
AL: 紙魚||シミ <@tinystories2202> 


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