宙組「カジノ・ロワイヤル」を褒めちぎる試み

先日Twitter(現「X」)で「カジロワ」がmyトレンドに上がっていたので踏んでみたら、見てはいけないものを見てしまった(笑)。
ある作品をどう観るか、そしてどう感じるかは人それぞれだし、感じたことを表現する自由も当然あります。
ただ自分は、芸術作品において「好みに合わないもの」はあっても「不良なもの」は存在しないと考えているので、「駄作」「散々」という評価は不当と感じる。なので今回、宙組「カジノ・ロワイヤル」を微に入り細を穿って妄想全開で褒めちぎってみたいと思います。
以下、長文にて失礼いたします。(すでに前置きが長い)

テーマ:宙組「カジノ・ロワイヤル」はこの上なく贅沢な作品である

I:衣装が贅沢である

男役の衣装。スーツだけでも百着以上あるのでしょうか。個々の体型に合わせた完璧な仕立て。役柄によっても素材・シルエット・フィット感・ラペルの形や幅や角度・ベンツやポケットの位置など、ディテールにとことんこだわっている。しかも踊れる仕様。
真風さん着用の衣装は、シャツ・ネクタイ・腕時計・チーフ等のスタイリングも含めて工芸品の領域だと思いました。ジャマイカから帰ってきた場面のダブルブレストのスーツは見た瞬間に変な声でました。真風さんと同じプロポーションの方はそうそういないと思われるので、全てが真風さんのそれぞれのシーンのためだけに、真風さんを最高の男前に魅せるためだけに作られたオートクチュール。何と贅沢なのでしょう。

娘役の衣装。学生のストリートカジュアル、カジノに集う女性のリッチなドレス、働く女性の機能的なスーツ。荘厳で厳粛な伝統衣装と、対照的にセクシー&キュートな悪役スタイル。天彩峰里さんのリアル・ドロンジョ様でゲスよ?
中でも潤花さんの60年代ファッションが神。ミニドレスとニーハイの組み合わせは眼福です。神様ありがとう。学生運動での柄 on 柄のアンサンブルもモードすぎてクラクラしました。あんなスタイリング凡人には不可能だし、着こなせる潤花さんが凄すぎる。
この作品、衣装を鑑賞するだけでもチケット代の元取れます。

Ⅱ:音楽が贅沢である

音楽がいい。もう本当にいい。自分に音楽の素養がなくてちゃんと書けないのが口惜しい。詳しい解説付きのサントラが欲しいです。
だって、60年代映画音楽のリッチなエッセンスがぎゅっと詰まった、ハートフルでテクニカルなオリジナルサウンドが、ずっと鳴りっぱなしなんですよ!それも生オケで!
生身の人間がリアルタイムで鳴らしてるんです3時間ずっと。もう贅沢すぎて感嘆します。

とくに冒頭ナレーションからの~「BOND, MY NAME IS BOND」でのアゲアゲダンスシーン(芹香さん登場時の曲調が超絶スタイリッシュ)を経て、暗転なのに南国の日差しを感じるカリプソまでの流れ、良すぎてBlu-rayで何度もリピートしてしまいます。
この作品、音楽を聴くだけでもチケット代の元が取れます。いやそれ以上にお釣りがきます。

Ⅲ:ダンスシーンが贅沢である

奇跡的に当選した東京劇場のB席で観劇した時に、うわあ!と感動したダンスシーンが、カジノでの「回る回るルーレット」の群舞でした。
カジノ客全員がルーレット台を二重に囲んでくるくる回るんですが、輪の外側と内側で回転方向が逆な上に非常に接近した状態で回っているので、誰かひとりがバランスを崩して接触したら全員がドミノ倒しに転倒しそうな状況。それを一糸乱れずこの上なくエレガントに舞っていたのが、上から見てとてつもなく綺麗でした。
でもこの群舞の美しさ、一階席の目線だとわかりづらいんですよね。(ドヤ)
いわゆる良席だとむしろわからないような美しさに踊り手の全力が尽くされるダンス。なんと贅沢なのでしょう。

あと、愛未サラさんと組んだ大路りせさんが踊りながら中央に飛び出してくるところも、上から見るとすごい距離感なのでびっくりしました。ついていく愛未さんも凄いですがリードする大路さんのストライドがとんでもなくて、一歩間違えば怪我するのではとハラハラした。
これも上からでないとわかりにくい見どころで、B席に感謝しました。B席安すぎる贅沢です。

Ⅳ:大道具と小道具が贅沢である

この作品は舞台転換が多いのに、映像をあまり使わず装置と照明で作ってるんですよね。たくさんの装置がひとつひとつ精緻に作り込まれていながら、わずかに粒子の粗さが意図的に残されていて、フィルムで撮っていた頃の映画のような雰囲気が感じられました。
舞台がわりと中央に寄り気味なのも、銀幕っぽい広さに感じられる。
また全体に絵画的な印象もあって、パリの街角などユトリロの風景画のよう。

小道具も豊富で、まず小銃。宝塚ではライフルはよく出てきますが、ピストルがこんなに大量に出てくるのはなかなかない気がする。小さくて遠目だと持っているのがわかりづらいし、片手で扱わなければいけないので、存在感を出すために演者さんそれぞれが工夫を凝らしているのがわかって面白かったです。
あとシガレットももちろん印象的でしたが、お酒を飲むシーンが多かったこともありグラスにも注目していたら、なんの変哲もないグラスなのに、演者さんの持ち方(指先で縁を掴む、手のひらで包みこむ、握る、底を持つ、ステムを摘む)や傾け方のバリエーションで、演じているキャラクターや飲んでいるお酒の種類まで表現できるんだと気がつきました。
ウラー!

Ⅴ:マネーペニーとアナベルの声が贅沢である

これは個人的趣味。花宮沙羅さんの「ハロー?」「オーケイ♪」と天彩峰里さんの「行くよ!」が好きすぎて着ボイスか目覚ましのアラーム音にしたいです。あ、あと山吹ひばりさんの「お姉様は4人抜きなのね!」も好きです。

Ⅵ:脚本と演出の愛が贅沢である

1)下級生への愛

最下級生に至る全員に、なくてはならない役がついていたように思います。たとえ名もなきベルボーイやメイド役でも、いなければそこがホテルである実感が出ないし、いるからこそ支配人やディーラーのキャラが立つ。出番が短くても作り込む余地が与えられていたと思います。そして全員がちゃんと映像に残るように配置されていたとも感じました。

2)芝居巧者への愛

芝居巧者にはそれを活かせるチャレンジングな役が与えられていて、全員が見事に応えていらっしゃったと思う。

若翔りつさんのドクトル・ツバイシュタイン。
イカれたマッドサイエンティストですが、ル・シッフルが世界征服を企てるきっかけにもなった実は重要人物。と同時にドクトルは「一番になれなかった人」。モーツァルトに対するサリエリみたいに、誰よりも天才を理解できる才能があるのに一番にはなれなかった人なんですよね。
トップスターの退団公演で演じるには難しい役と感じましたが、若翔さんは持ち前のエキセントリックな美貌と美声と知性を駆使して、ドクトルのルサンチマンをカラリとしたユーモアに昇華してみせた。優希しおんさん率いる軍団のダンスと合わせた超ゴキゲンなナンバーは、二幕の大きな見どころになっていたと思います。

真名瀬みらさんのイワンと嵐之真さんのミロン。
セリフがないので身体表現だけで全てを演じなければいけない役。お二人とも、ル・シッフルの背後ではクールでエレガント、ジャン隊長の特訓ではヘタレでコミカルに、二人だけのやり取りでは意外な親密さを滲ませたりと、魅力的なキャラクターを見事に演じ分けていらっしゃった。

真白悠希さんのクレマン。
真名瀬さん嵐之さんとは逆に、常にティアラの箱を抱えていて動きを封じられている役。ただ立っているだけでクレマンのすべてを表現する必要がある。真白さんはティアラの箱を開ける一瞬の表情で、ロマノフの秘宝を託されたエリート銀行員の誇りと責任感と、ほんの少しの驕りを余さず演じられていた。さすがです。

輝ゆうさん。
名前はないものの、常に主要キャストの近くにいて視界に入る役。ある時は学生運動の活動家、またある時はゴージャスなカジノの常連客。どれもビジュアルから表情、動作に至るまで入念に作り込まれていて、しかも心から楽しそうに演じているので思わず目を奪われます。特にプラカードを掲げた学生活動家は、大真面目なミシェルの後ろでアンニュイにくねくね踊っているのが可笑しい。ミシェルが檄を飛ばすとキリっとするのだけど、すぐにアンニュイに戻ってくねくねしだすところ、学生運動の失敗を悟りながら惰性で続けている感じがすごく出ていて、上手いなあと思いました。

4)真風涼帆さんへの愛

はなむけにジェームズ・ボンドを持ってくるって、それだけでとんでもない愛ですよね。
究極の男役としての象徴的なシチュエーションで、銀橋に立ちシガレットをくゆらせる姿をじっくりと魅せる。そのためだけに、困難に挑み実現させる。
おそらく再演は不可能と思われる、真風さんのためだけに作られた演目。それを世界配信。こんな贅沢な愛とそれを成し得る環境は、宝塚以外にはなかなかないと思います。もうこれに尽きる。

5)潤花さんへの愛

舞台の上で独特の妖艶さを放つ潤花さんなら、所謂「ボンドガール」も演れたはずだと思います。でもそうはさせずに、潤花さんのピュアな可憐さと成熟した大人の賢さ、まっすぐな激しい気性と気高さを併せ持つ「デルフィーヌ」を作った。デルフィーヌのつんとした立ち姿はオードリー・ヘプバーンにも似て、ルーレットを回しながら「RED, BLACK, GREEN」と歌うシーンは「ティファニーで朝食を」の一場面のようだったし、ボンドと一緒に走り回るシーンは「ローマの休日」を彷彿としました。
そして極めつけが「イルカの歌」。
イルカ(=デルフィーヌ=潤花さん)のように人と人とが愛し合えば、争いはなくなる。
最後のカーテンコールで真風さんの目をまっすぐ見ながら「ずっとゆりかさんの味方です。」と全世界に宣言した潤花さんにぴったりな、この上なく贅沢なラブソングだと思います。

6)ファンへの愛

桜木さんのミシェルは拷問室に連行されながら「夢は醒めて、二度と同じ夢は見れない」と歌います。でも夢が「破れた」とは歌っていない。
舞台が終われば夢は醒めて、演者も観客もそれぞれの現実に戻っていきます。
でも演者と観客が共有した夢の時間は、二度と見ることはできなくても、この世界のどこかに永遠に残り続ける。
そう思わせてくれた最後の「アデュー」は、ボンドを通じたファンへの愛だなと思いました。

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以上、書こうと思えばこの数倍書ける(フィナーレと他の退団者、芹香さんについてまだ書けてない)んですが、手と目が疲れてきたのでここまでにします。

芸術として成立した作品ならば、たとえ表層がいかなるものであろうと、目を凝らし心を澄ませば必ず光るものが見えてくる。ましてやお金を払ってみるのであれば、光るものをひとつでも多く作品や自分の中に見出せたほうがお得です。
妄想でも勘違いでもなんでもいい、作品を「駄作」にするか「名作」にするかは、観る人次第なのだと思います。






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