魅惑のフルコースを堪能した「愛するには短すぎる」「ジュエル・ド・パリ」

雪組全国ツアー神奈川版「愛するには短すぎる」「ジュエル・ド・パリ!」をライブ配信で観ました。
会場は、我ら神奈川県民が世界に誇る「神奈川県民ホール」。優れた音響効果をもって世界中の名だたる音楽家や舞踏家をお迎えしてきた、神奈川県の芸術文化の中心地であります。残念ながら老朽化のため2025年に閉館する予定となっており、地元民としてはぜひ現地で観たかったけどチケット全滅だったシャーッ(←アンソニーの威嚇風に読んでください)

ーーーーーーー(以下ネタバレ)ーーーーーーー

「愛するには短すぎる」は初見でした。オフブロードウェイミュージカルのような、豪華さには欠けるけれど緻密に作り込まれた、県民ホールと雪組によく似合うクラシカルな群像劇。こういうの好きだな、自分はこういうのを観たかったんだなと実感しました。
以下、良かった点をまた長々と書きます。

1.アンフェア

物語自体は、まあまあ都合のいい「男の夢物語」と言ってしまえばそれまでなのですが、不思議と不快感はありません。それはたぶん、登場人物たちの背景に怨嗟が含まれていないからだと思いました。

登場人物たちはみな、それぞれに何らかの生きづらさを抱えています。
主人公フレッドは、この世の誰もが望むものすべてを手にしているけれど、自分からは何ひとつ望んだことがないと惑っている。幼馴染バーバラは、望むものが手に入らないことに慣れすぎて、望むことすらも諦めている。親友アンソニーは、自らの望むとおりに生きてきた過去を誇ってはいるものの、大切なものはまだ手に入っていないと焦っている。

また随所に差し挟まれる、フレッドとバーバラの格差も残酷です。
バーバラにとっては自身の尊厳を脅かされるほどに高額な負債が、フレッドにとっては驚くほどささいな金額であったり。
桟橋での別れのシーン。故郷までの長旅をひとり列車に揺られていくのであろうバーバラが、軽装でトランクを自ら抱えて現れるのに対してフレッドは、サヴィル・ロウ仕立てと思わせるスーツに染みひとつない白いコートをまとい、帽子ひとつを手にして立っている。おそらく迎えの車が来ていて、荷物もすべて執事が差配しているからです。

でも全員が、人生とはそういうものだと進んで「アンフェア」を受け入れて、もがきながらも腐らずに前を向いている。そのカラッとした明るさが救いになっていて好ましいと感じました。

この「恋は元々アンフェア」、初演から観ている方々にとってはおなじみの名シーンのようで、本当にいいですね。楽曲も素敵だし、少し落ち込みがちに優雅に歌い踊るフレッドの彩風咲奈さんと、それを半ばからかうように軽やかに踊り、半ば鼓舞するように力強く歌う朝美絢さんアンソニーの掛け合いが楽しい。このシーンを観るためにBlu-rayを買おうと心に誓いました。

朝美絢さんが本当にいい。「夢介千両みやげ」の軽薄な若旦那と「ライラックの夢路」の拗らせインテリ次男、どちらも良かったけどそれらを足して二で割ったようなアンソニーが実にいい。ひょっとしたら沼落ちしたかも自分。
しかも鎌倉ご出身と今回知りました。やはりご当地出身(どこからどうみても横浜出身しかありえない「桜木みなと」さんのインパクトには及ばないけれど)の方はよけいに贔屓したくなりますね。

2.ブランドン

そして凛城きらさん演じる執事・ブランドン。(自分は宙組の「群盗」で凛城さんの沼に落ちていて、この「愛するには短すぎる」も凛城さんが目当てで観ていたりします。)

ブランドンはいっけん杓子定規な堅物ですが、実は誰よりも自分の望み(自身が仕える一家、とくにお嬢様とフレッドを幸福にすること)に忠実で、同時にバーバラの良さも認めていて不幸にしたくないからこそフレッドの恋路に必死で割り込んでくる。取り立ててコミカルな演技をしているわけでもないのに登場しただけで笑いを誘われます。
それがなぜなのか考えてみました。

このお芝居を観ている間に幾度か、自分が不思議な思い、すなわち「どうにかしてフレッドとバーバラがくっつく方法ないかな?」という夢想に駆られていることに気がつきました。すぐに「まあ無理やね」と思い直すのだけれど、しばらくするとまた二人を応援したくなり、フレッドがすべてを捨てる決心をしてくれないかな、とあり得ない展開を望んでしまう。

ブランドンが出てくるのが、ちょうどそのタイミングなんですよね。

ブランドンの絶妙なしかめっ面が絶妙な間で視界に割り込んできて、あーまた「いいところ」で邪魔された、とクスリと笑う。それは、本来は「よくないところ」を「いいところ」に逆転させてしまいたい自分の情動に対する笑いなのかもしれないな、と思いました。

3.別離

最後の別れのシーン、初見の自分にはかなり衝撃でした。
そうくるんかーー!って感じ。
じつはこの前夜のシーンで、フレッドの彩風さんとバーバラの夢白あやさんが嗚咽で歌がかすれるほど泣いていて、これほど役に入れ込むなんて初日でもあるまいし、まさか毎回なんだろうか?とちょっとびっくりしていたのです。でも別れの瞬間のお二人の演技をみて、これは相当気持ちが入ってないと自然にはできないやつだな、と納得しました。

とても切ない別れかたでしたが、ぼろぼろの泣き顔をまっすぐ晒すフレッドの誠実さ、心からの支援を誓うアンソニーの賢さ、全力で走り去るバーバラの強さが、全員の幸福を予感させる爽やかなラストだったと思います。

4.またもや「ジュテーム愛しています~」と「ジュエル・ド・パリ~」に脳内を占拠される喜び

「ジュエル・ド・パリ」は大劇場公演よりはこじんまりとした印象でしたが、それがむしろ県民ホールの年季がかった舞台にぴったりで、カンカンのシーンなどは本当にパリの古いキャバレーで観ているようでとても雰囲気が良かったです。
人数が少なくても華やかな宝塚らしさは薄れることなく、少ないからこそ出演者おひとりおひとりの芸をしっかり堪能できて、小劇場公演っていいなと思いました。

ひときわ目を引かれたのが諏訪さきさん。
「蒼穹の昴」のときからいいなと思ってましたが、このショーでは知的かつ古風な美貌とエモーショナルな歌舞のギャップにしこたまやられました。

そして古風な美貌といえばまたまた凛城きらさん。
ショーにも出るんだ!
というだけでテンション爆上がりだったのに、加えて終始クールな大人のダンスと、歌! 凛城さんが歌ってる!!!!
叶ゆうりさんのベリーダンスでの歌は、宙組「デリシュー!」Blu-rayでは留依蒔世さんが危険な香りをまき散らかしながら歌っていたのが印象的でした。収録のためか同じく仏語バージョンで、凛城さんのは渋くてエレガント。
本当に贅沢なりんきらフルコース、ありがとうございますご馳走様でした!

絶対にBlu-ray買う!








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