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【一幅のペナント物語#39】まだ見ぬ岩手の秘境に空想誘う女追分

◉ペナントを漁っていると、たまに見慣れない地名に出くわす。基本的にはお土産として売れ行きが期待できる有名観光地のものが多いこの世界で、あまり聞いたことのない地名のペナントというのは、それだけでレアな気がするのだ。今回の「猊鼻渓(げいびけい)」もそのひとつ。他に県名なども表記されていないので、買った人にしか解らない、あるいは行った人にしか解らない、そんな一幅になっている。

◉ペナント自体もグレーの生地に、黒と白だけを使った図案で実にシブい。両側にそり立つ岩山とその間に見える水面、全てが切り絵のように描かれ、入道雲の輪郭と水面の乱反射、岩肌に咲く花のわずかな白が絶妙なアクセントになっている。個人的に目を引いたのは「猊鼻渓」の白い文字がわずかに黒い外枠に乗っかっている部分だ。あえて、はみ出すことでデザインに奥行きが生まれている。ペナントに描かれている左右の岩にはそれぞれ、壮夫岩、少婦岩という名前がつけられている。

向かって左が「少婦岩」、右が「壮夫岩」
(『旅東北』HPより https://www.tohokukanko.jp/attractions/detail_1766.html)

◉この「猊鼻渓」、調べてみるといろいろと面白い。場所は岩手県一関市。砂鉄川が石灰岩を削って創り出した岩手県最初の名勝だそうだ。獅子(猊)の鼻に似ている岩があり、そこから「猊鼻渓」と称するようになったという。1909年(明治43年)に地元で観光産業に力を注いだ佐藤猊巌(さとうげいがん)(本名:佐藤衡)らが命名したと伝えられている。今では"東の耶馬渓"とも謳われる場所になっているが、それまでは地元の人すら存在を知らない場所だったと聴いて、熊南峰が見いだした広島・安芸太田の「三段峡」のエピソードと似ているなと思った。

猊鼻渓の由来になった「獅子が鼻」・・・わかるようなわからんような
(『猊鼻渓舟下り』HPより http://www.geibikei.co.jp/funakudari/)

◉ペナントの右のスペースにも描かれている扁平な形の船は「げいび舟」と呼ばれていて、平たい船主はその昔、商品として取引する馬を、安全に乗り降りさせるための形状を受け継いでいるのだそうだ。

現在の観光遊覧に使われているげいび舟。春には茶席舟、冬にはこたつ舟と年中楽しめるようだ
(『一関市公式観光サイト  いち旅』より https://www.ichitabi.jp/feature/special/geibi/index.html)

◉ペナントの中に「日本百景」の文字がプリントされているが、これは1927年(昭和2年)に、大阪毎日新聞社と東京日日新聞社が主催し、鉄道省の後援によって「日本新八景(日本八景)」が選定された際に「日本二十五勝」とともに選ばれた日本を代表する100の景勝地のことを指している。1950年(昭和25年)に毎日新聞社が主催して選定した「新日本観光地百選」では、条件となっていた交通利便性などが影響したのか、選に漏れてしまっている「猊鼻渓」。ペナントに日付が書き込まれている昭和43年当時でも「日本百景」の表示がペナントに残されているのが、なんともいえぬ味わいを醸し出す。

◉さて、最後にこの猊鼻渓の舟下りの名物となっている『げいび追分』の歌唱を聴いてみてほしい。幽谷に響く歌声がデトックス効果満点である。追分というジャンルの唄は、どこかモンゴルのホーミーを彷彿とさせる。朗々とどこまでも響いていく歌声は生で聴いてみたい気にさせる。

こっちのドローン撮影版は男性歌唱。映像もキレイ。


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