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コロナ禍で思う仕事

コロナ禍以降、仕事について書き溜めていた文章がいくつか発掘されたので、供養していきます。タイトルは基本そのまま、本文は一筆書きなので、一部読みやすいように修正しています。


2020年4月24日 17:33に下書き保存

今、コロナ禍の中でいろいろ思うことがあるので、書き留めておくことにした。

3月後半から在宅勤務になって、驚くほど仕事が捗らなくなった。

現状はというと、一日で完結できるようなアウトプットを1週間かけて出している感じで(それ以下かも)。自分にとって仕事とはできれば避けたい苦痛で、それを会社に行って人と会うことで、友達と酒を飲み明かすことで、なんとか自分自身をドライブさせてやっていたんだな、と気づいた。いや、実際は気づいていたけど、目をそむけていたのかも。

今まで、自分は仕事が好きだと思っていた。実際インタビューは楽しいし、記事を書くのも辛いけど事務作業よりは面白いし、写真撮影も好きだし。でも、Twitterで多くの人が在宅でもめげずに仕事している様子を見るのが(むしろ出社するより効率的だという人もいたり)Slackを見れば同僚は変わらずに楽しそうに仕事しているのを見るのが、正直言って今はつらい。これまで、なんとか仕事は楽しいものだ、だから仕事を好きにならなきゃいけない、と自分に暗示をかけて続けてきたけど、在宅によってそれは無理だという事実をあぶり出された感じ。そして、そんな自分を受け入れなきゃいけないなと思い、これを書いている。

いやあ、ほんとにどうしたらいいんだろう。ノーバリュー過ぎてやばい。何かを改善する気力すら失せてしまった。コロナ明けたら仕事やめてみようかな。

誰かが言っていた、在宅で仕事が捗らないのはその仕事が好きじゃないか、向いていないかのどちらかだと。自分はこの主張にほぼ同意する。好きならどこでだってがんばれるというのは、極論だけどたしかにそうだと思う。

でも、在宅で捗らないことが必ずしも嫌いということを意味しないのではないか、とも最近は思い始めてきた。嫌いでも仕事はきっちりやる人はいるわけで。というより、世の中のほとんどの人がそうだと思う。上司と合わない、クライアントと合わない、部下と合わない気持ちをなんとか奮い立たせてやっているんだろう。だとすれば在宅で仕事が捗らないなんてのはただの言い訳でしかなくて、御託はいいからさっさとやれよ、という身も蓋もない話になってしまう。

実際コロナで仕事をやめようにも次なんて見つかる保障はないし、そもそも会社は好きなんだよ。うーん、、となってぐるぐるしていたGWでした。

なんだかとりとめのない文になってしまったな。こういう話は居酒屋で友人とすべきなんだろうけど、今はそれすら許されない。一日でも早く外に出られることを神頼みして終わりにします。連絡滞ってる方々は本当にすみません。こんな事態だからといって許してとはいいませんが、もうちょっと待ってください、、

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