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朝イチからもずくとウーロン茶と寝落ち。【物語・先の一打(せんのひとうち)】40

「原則、約束の三分前訪問。具体的には、十分前を好む相手も定刻一分前を好む相手もあるため、相手の好みにあるていど合わせる」というドアチャイムの押し方は、四郎は高橋から教わった。

宮垣耕造先生宅の訪問については、グダグダに宮垣先生らしい注文に従っている。

つまり、電車だの高橋の送迎だのの都合で、付近への到着が三十分前だったり四十分前だったりしても、気にせず上がりこめ……と言われている。しかも、ラッシュを過ぎてからの直行を許してもらっている。

遅刻したことは、まだない。

さすがに電車にゆられているとき、四郎は何度も眠り込みそうになった。立ってつり革につかまっていたのだが、意識がもたあぁーーっとしていく。さすがにまずい。高橋には平気だと言ったが……。

「来たか、四郎」クラッシャー宮垣はいつにもまして嬉しそうに、ドアをあけた。「ゆうべ居酒屋からもずくをもらって帰ってきたんだ、食うか」

「はあ、はい……いただきます」
食卓に、もずくが置いてある。丼からさしみ醤油の皿に分けてくれているところが、心底のもてなし。しかもウーロン茶をペットボトルでもらってきたらしい。居酒屋でよく出る、割れにくい分厚いガラスコップに、氷なしで注いである……。

「寝てねえんだな」宮垣はふふっと笑った。「五章から七章まで、先日の話どおりに一気に書けちまった。準備がいいってのは、画期的なもんだなあ。……どうする、予定通り五章だけスキャナで読み込んで送ってくれてもいいし、七章まで一気に前倒しで送っちまってもいい」

「前倒しで……送りましょう。先に拝読します」
こんなに冷たいものを飲み食いして、目が覚めるかとおもいきや、どうして、眠り込みそうな感覚が一段と強まるばかり。

「徹夜はいかんよ」宮垣は、ぼそりと言った。「俺も無茶が好きだった。三十二歳でがたっと来て、三十六歳でがたがたっと来て、四十の坂でずだだっとつるべ落としのようにガタが来るんだ。不摂生はいかん。体力試しのつもりで、誰もがやりたがるんだ。ツケは、あとのあとに、回ってくる……」

「すいません」四郎は目頭をギュっと指で押さえた。

「うつぶせになんな。またまたご先祖さまの憑依を少し、取ってやる」
宮垣に言われるまま、四郎はあいまいにうなずいて、ベルトをはずし、うつぶせに伏せた。かけてもらった毛布があたたかい……宮垣の整体施術を感覚するかしないかのうちに、それきり四郎は眠ってしまった。

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!