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また自分を追いつめちゃってさ 【物語・先の一打(せんのひとうち)】5

《前回までのあらすじ》 額田(ぬかた)奈々瀬は、松本に住む女子高生。両親のケンカを止めそこね、母親に殴られ口を切った。感情の歯止めがきかない母親の暴力から逃げ、荷物を持って家を出る。初恋相手の四郎……の親友・高橋照美のすすめで、名古屋行きの特急に乗ったところ。

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奈々瀬と話して電話を切った高橋は、四郎をまじまじと見た。「呼んじゃったどうしよう。21時すぎに名古屋に来てしまう」
そしてぐしゃっと両手で頭をかかえた。
「何やってんだ僕は! 現役のぴちぴちの女子高生がこっち来ちゃう!」

「いや、どうしようてってさ」四郎はぼうぜんと、高橋を見た。「高橋お前、奈々瀬どこに泊めるつもりや」

高橋は四郎に向かって手のひらをあげた。「おちつくぞ。おちつくぞ四郎。人生に正解はない。あるのは ”bad(だめだこりゃ)” から ”exellent(すっげーいい)” までグラデーションした選択肢のみだ。少なくとも僕らは ”not bad(まだまし)” に届く一手ずつを、一回休みというアクションも含めて無骨に不器用に選びつづければ、詰むことはない」

「ここに泊めれんやろ」四郎が陰鬱な声を出す。
高橋がここまで「そもそも論よりさらに極北」にとっちらかっている、ということは、この瞬間、高橋がとっちらかっているということだ。

「二パターン以上用意すべきだ、それで奈々ちゃんに状態や気もちをきいて、本人にていねいに確認しながら、いちばんよさそうなのを選ぼう。

だいたい安春さんに電話したとき、ほぼ無気力でアクションが取れない状態だったのは確認した。保護者として機能しない、ちょっと介入なしで引っ張りすぎた。

奈々ちゃんのほうは、顔を殴られているうえ、玄関に入ったとたん母親に引きずり倒されたらしい。つまり説明の面倒なけがをしている。

ということは、あれこれ詮索せず口の堅い女性に同宿を頼むか。一人でどこか安全な宿で休んでもらうか。
奈々ちゃんにとって、快適さ安心さがある休み方、ってトコも大事だ。
実の母親に暴力ふるわれたうえ、おもいきって家を離れてんだから。

僕ら二人のせいで奈々ちゃんが後ろ指をさされることのない状況も、作りこまねばならない。
そうだ四郎。お前、去年の冬、奈々ちゃんの打撲の応急手当てをしたときはどうやったの」

「あんときは、俺のお母さんに一緒の部屋におってもらってさ」四郎は天井に目を泳がせた。「奈々瀬には、タオルかけて片袖ずつ脱いでもらって」四郎は目をつむる。「あかん。あれギリギリすぎて、今の俺にはもうやれん」

それから四郎は、高橋を諭すように言った。

「高橋な。雅峰(がほう)の号を、十九歳でついだときも。俺と奈々瀬の恋の相談役やる、て言ったときも。いつもそうなんやろうけど、無謀なこと決めてからキャッチアップするくせ、それなあ。あきらかにお前、自分のこと毎回、とんでもなく追い詰めとるぞ」

きいた高橋は、意思のつよいあごに笑いをうかべた。

「わかってるよ四郎。ぜったいお前の手を離さないってのも無謀。今回も無謀。僕はいつも、自分で自分の首をしめるんだ。

だが死ぬときに人々が後悔することって何か、知ってるか?

もっと友達や大事なひとと一緒にすごせばよかった、あんなに仕事ばかりしなきゃよかった、やりたいと思ったことをやればよかった、って後悔するんだ。みんなそう。ホスピスの看護師さんやらお医者さんやらが、死んでいく人たちに聞いてまとめたことは、みんなそう。

だったら僕は。
友達と。大事な人と。一緒に過ごしすぎた。やりたいと思ったことをやりすぎた。もっと仕事すりゃよかった。って後悔しながら死んでやる」

高橋はしゃべりながら、ペーパーに箇条書きをした。

◆ 奈々ちゃん → 要件の洗い出し → 一週間のアクションプラン
・診断書、写真、事実関係(ききとり、本人がつらくないように)
・高校への連絡(一報めと後日報告を変えてOK)
・将来計画の洗い直し
・安春さんとの連絡
・十七歳十一か月までの、四郎とのかかわり方

遠距離がまだるっこしかったのは確かだ。状況を変えるチャンスになるのだろうか。


◆ サポート側 → 奈々ちゃんが「後ろ指をさされ」ないこと
・安全感、安心感
 -男二人が賢者じゃない! → 対策
・社会的信頼性
 -青少年保護育成条例
・奈々ちゃん自身の選択
 -快適さ
 -今後の人生設計の可能性をせばめない

「だいじなことは一つだけ。ゼロベースで奈々ちゃんが、居心地よくて社会的にも家庭的にも丁寧な接し方を確保できる暮らしを、手に入れることだけだ」

四郎は高橋の目をまじまじと見て言った。「俺の近くにおるほうが、奈々瀬が危なないか。俺、いまはご先祖さまんら抑えとれるけど、とことん奈々瀬のこと守ったれるかどうかがわからへん」

四郎の言葉を聞いた高橋は、黙って四郎を見た。
四郎の呼吸に自分の呼吸を合わせた。
……生活を能動的に組み立てることを、あきらめている。生活のデザインと維持を手にする自由に、気づけていない。じゃあそこは、少しずつだ。

「その不安は、むしろ、人間関係がからんでいるからだろ」高橋は深い微笑をたたえたまなざしを、四郎にむけた。「危険からは守り切る。お前はそれをできる。お前が不得手なトコは僕に任せろ。人間関係の調整と交渉は僕が担う。四郎。四郎が奈々ちゃんの力になってやるんだ。僕はひきつづき、相談係をやる。いわば裏方をやりきる、つまりお前の背中を支えきる」

ぽつりと言った。

「悪いクセだよ。わかっている。だが三十六歳すぎて生きてられる気がしないんだ。それなら、誰に笑われようと、わかってもらえなかろうと、もって冥すべし、と自分に言えるかどうかを選択基準にする方が、悔やまずにすむ」


そして高橋は、詮索好きでなく口の堅い知り合いの女性数人に「可能性として可能か」というききかたで、どんな協力を頼めそうかの聞き取りをはじめた。
駅前のこざっぱりしたホテルにも、シングルの空きはあるか問い合わせた。

四郎はそれらの質問と調整と交渉を、じっと黙ってきいていた。
ふと思いついて、台所に冷蔵庫をのぞきに行った。


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◆この物語のマガジン→「先の一打(せんのひとうち)」
◆四郎と奈々瀬が「死ぬほど難しい初キス」をするまでの
 物語のマガジン→「秋の月、風の夜」0-99 100-
◆四郎と高橋の「ネタばれミーティング」とコラムのマガジン
高橋照美の「小人閑居(しょうじんかんきょ)」

いつも応援ありがとうございます m(_ _)m

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!