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あなたに過去世をいじくってる時間はないの。今を必死で泣きながら走るしかないの。【物語・先の一打(せんのひとうち)】37

四郎がくるまった毛布に手をそえている奈々瀬が、四郎にこてんともたれた。目を閉じた。ほぼ自己催眠状態の四郎と、同じ息のしかたをしている。

高橋もただ、呼吸が四郎とそろった状態のままで、四郎の話を聞いていた。

「俺のせいで死んだ人んらが六十人ぐらい、
足元からそこらへんに死んだまんまになっとる……それ、あの子のおもちゃのおうまさん……こっちには、よそのばあさんと若後家さん……ぜんぶ俺のせいで死んだ」

こんな光景が自分の内側にあるまま、何年も何年もすごしていたのでは、きっと心は弾まない。こんな光景が自分の内側にあるまま、クラスに混じれとか、団体スポーツで勝ちに行けとか、なにを言われたって無理にちがいない。

「俺が決めて選んで、その結果みんな死んだ」

高橋は呼吸が苦しくなった。同じ感覚を自分も持っている。読み違えによる判断ミス。予期せぬできごとを浴びたときの、ビキっと全身に走るショック。そのあと続く脱力感と罪障感。燃え尽きた感覚……失敗感。

傷だらけの負け犬、と言われて、そのとおりだと思う……

「いつのことやらは知らん、今の人生やないのはわかっとる、俺これどうしてええやらわからん、俺のせい」
話しつづける四郎に割り込むように、奈々瀬が口をひらいた。

「この全滅記憶もって生まれてきたんでしょう、サッカーの試合だったらオウンゴールのあとさらに走ってる状況でしょ。今試合続いてるでしょ」

四郎と高橋は一瞬、息をひそめた。

「四郎、自分の子供がここで立ち止まってたらなんていうの」

「……すぐそこから離れろ、お前のせいやない」
奈々瀬に質問を投げかけられて、反射的に四郎は答えた。なぜか四郎と呼吸を同期させたままで、奈々瀬が目をとじてぼそぼそと話した。

「言っとくけど前世過去世記憶なんて、誰だって持ってるの。人類の歴史は今はじまったもんじゃないの。脳と体細胞は記憶をコピーしたり共有したりしちゃうもんなの。感情を強くゆさぶられたり、体にショックを受けたりした記憶はたまっちゃうもんなの。体も脳もリサイクルで生まれ変わるときブレンドされちゃうから、この記憶はほかの人も分担して持ってるの。

もしも思春期をこじらせて ”自分は特別” 感覚をもっていたくって前世記憶や過去世記憶に憐憫しつづけちゃったら、それはただのヒマ人の時間つぶしのゲームなの。

今現在に、ぜんぶぜんぶ注ぎ込んでチャレンジしてない人たちが、そうしてるならやらせときゃいいの。
使えるお金も時間もたっぷりあるんなら、お金がつきるまで時間がつきるまで、何百時間だって繰り返し繰り返し、膨大な過去世物語を、取り出してはなめ、取り出してはなめ、してればいいの。そうやって強い感情ドラマと主役感を味わいたいひとの独特の道楽は、それを本気でやりたい人にさせてあげればいいの。


四郎はそういう路線の人じゃないの。四郎にはもう時間がないの。一年と四日しかないの。この死体ぜんぶ、過去世探検家に30円で売ってきて。今すぐ」

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!