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極めてキケンな生物 = 行くあてのない女子高生。【物語・先の一打(せんのひとうち)】3

母親からのがれて、家からは出たものの。

タクシー……は、この住宅街には呼ばなければ来ない。
三十分はかかる。

どうすればいい?

奈々瀬はとにかく、大通りへ出た。松本駅方面へ行く車を見わける。怖くてすくむぐらい体を乗り出して止める。まちがったら、はねられる。

「何!」かみつきそうな、むしろ恐怖でひきつった顔。何かの会社の営業車。
「助けてください! 松本駅まで乗せてください! おばあちゃんが危篤ですぐ行かなきゃならないの!」なるべく助けてもらえそうな、口から出まかせ。
「ごめん、ムリだから」一車め、アウト。

ああもう~~!

二車め、とにかく数、トライ。頭でわかっていても、でも体がすくんで前に出られない。
へたりこみそうになったとき、スマホが鳴った。四郎だ。

見ると、もう四回も着信があった。心配してかけてくれていたのだ。

「四郎……今荷造りして家から出たとこなの」
――え? お母さん続けて怒っとりゃあすの? 家おったら、あぶないの?

四郎こそ、昨冬出会った数日後に、あの母親に家から叩き出された張本人なのだった。奈々瀬と四郎をへだてて立ちはだかったとき、母親はまったく雌のライオンみたいだった。

「すぐ、出ていきなさいよ」

あのときのすごんだ声、今でも覚えている。
四郎は静かに、母親にむかって「お世話に……なりました」と深く一礼して、すっと玄関へ歩いたっけ。コートもマフラーもクローゼットから取り出すことなく、冬のさなかに学生服で。

あとで聞いたら、激高した人を刺激する行動や動線は、あっさり捨てるのだと説明してくれた。

果断だった。寒かっただろうに……

そのことがあったので当時は深く傷ついていた。母親を許せないなんて思っていた。
今だけは、奈々瀬は四郎にあれこれ説明せずにすむことにホッとしている。

四郎から、さらに質問が投げかけられる。
――お金ある? どっか泊まるとこある?
「ない」

身体情報の読みにたけた奈々瀬には、電話の向こうのようすがよくわかる。
四郎が思考停止しかけている。
「すぐ来い」と言えないのだった。

だって二時間かかる岐阜だもの。
だって四郎は男性で、自分は女子高生だもの。
だって四郎の体の中にぎゅう詰めにされている不浄霊のご先祖さまたちにとって、自分は十八歳になったら ”エサ” の、どストライクだもの。

(とにかく松本駅にたどりついて)なんて思っていた自分は、無意識に四郎をあてにしていた。
四郎の躊躇を読みとってしまった今、少し冷静になったとたん、「お願い泊めて」などとは言えない……と、気づいてしまった。


(ふだんあまり行き来のない親戚に、連絡を取ってみたほうがいいかもしれない)と、奈々瀬が思いついたとき……

――代わって。

と、あの安心する深い声が聞こえた。
「高橋さん」奈々瀬は安心のあまり、泣きそうな声を出した。「どうしよう」

――すぐおいで。松本駅からの特急に乗れる? 名古屋駅に迎えに行ってあげる。

「いいんですか」
――緊急避難してから、どうするか組み立てなきゃ、仕方ない。わけがわからなさすぎて、一手ずつじゃないと考えつかないよ。
まず物理的に落ち着こう。そっちの近場で宿を取るテもあるけど、それよりは思いきってこっちまできてみる? 女子高生が暮れがたに、行くあてもないなんて、キケンすぎる。会ってから話そう。

高橋はそれから、今なにで困っているか教えて、と聞いた。奈々瀬はその「困っていること前提」の質問に感動した。

「松本駅まで行きそうな車が止められないんです」
高橋は、奈々瀬の現在地を聞いた。奈々瀬は周辺の説明をした。さっき顔をグーで殴られたとき、衝動的に入ったファストフード店のすぐ近く。

――ああ、じゃあ。そこのファストフード店で、もう一度待ってて。迎えの車を当たって、誰かにそこから松本駅まで送ってもらうから、心配しないで。
「はぁ!?」

――特急、十九時台のやつに間に合えばいいなあ。いろいろあって限界こえてるだろうから。待ってて。あたりがついたら、すぐ連絡する。

魔法使いが背広を着ている……。
奈々瀬にとって、高橋はそんな感じ。

でもさすがに、今回ばかりは……

今回ばかりは無理でしょう。
こんなわけのわからない状態で放り出されてるのに!

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!