見出し画像

大好きな人が亡くなってから

先日、思うままに書きなぐった記事から約4日が経った。

廃人の方も、そうでない方にも拙文をお読みいただいたようで、お見苦しいところを盛大に見せてしまい大変恥ずかしい気持ちではある。それでもお読みくださった方、本当にありがとうございました。この記事はこの記事で、「応援していた三次元のバンドマンが急死したときのバンギャの記録」として置いておこうと思う。
幸運にもわたしのフォロワーの半分程は廃人、もしくはLaputaを知っている人たちばかりだったのでほぼ毎日スペースを開いて、皆と話すことができた。文字だけではなく声にするとまた違った感情や悲しみが予想外の場所から間欠泉のように噴き出そうになるのが新しい発見でもあり、同時に恐ろしかった。わたしは別段、話がうまいタイプの人間ではないので(どちらかというと人の話を聞きたいタイプ)皆の話してくれる思い出やツアーを回っていて楽しかったことを聞いて温かい気持ちになったり、そしてakiさんについての思いや感情を口にしながら、ここ数日は午前3時位まで話すことが多かった。

昨日はLaputaが無期限活動休止となってから19年目の日となった。
そして今年はシンガーの「aki」が生まれて30周年だった。
12月までライブが決まっていて、久々で名古屋での公演も予定されていて、
これは必ず行かないと、と母と笑いながら話していたのにね。

母は亀の歩み以下ではあるが、ほんの少しずつもうこの世界にakiさんがいないことを受け入れ始めているように見える。祭壇(前回記事参照)にささやかな花を飾ったり、お酒を捧げたりして、母は母なりに自分の中でほんの少しずつ気持ちを整理しているのだと思う。
akiさんも酒豪だったが母も負けず劣らず酒豪で、毎晩白ワインのボトルを飲み干している。銘柄はなぜか決まってアルパカの白。とてもリーズナブルなワインだ。わたしはそれがただ母の口に合うのだろうと思って、なぜアルパカを選んでいるのかは特に聞いたことがなかった。
2日ほど前に母は訥々と話し始めた。
「akiちゃんにな、最近王様の涙飲んでるねんって前に言ったらさ、『アルパカのほうが美味しいよ』って教えてもらってん。そしたらほんとにアルパカのが美味しかったし、ずっと飲んでる。akiちゃんに教えてもらったお酒やねん」
そう話す母の口調は穏やかだったけれど、飲んでいたのはいつもとは銘柄が違う赤ワインだった。

握手会参加券(握り券)。こういうのがいちいち可愛かった。

気持ちは落ち着いて来たけれど、まだ家は静かだ。
こんなに悲しいのに笑うことへの罪悪感が肩にずしりとのしかかる。
我々の異様な雰囲気を察してか、猫もここ数日は本当に良く鳴いていた。心配掛けてごめんね。

ねこです、よろしくおねがいします。

あけすけに言ってしまえば、こういう喪失を知る立場にはなりたくなかった。バンドマンの方の訃報も年に数回はやはり目にしてしまうが、まさかそれが自分の本命バンドのメンバーになる日が来るとは思わなかった。だってライブをすれば誰よりも暴れて元気で、素晴らしいシャウトまで聞かせてくれる、akiさんはそんな人だったから。ただ、こういう悲しみを知って、まだ抜け出せていないわたしからすると、悲しみを共有してくださった多くの廃人友達にとてもとても助けていただいた。自分ひとりだったら、日々の生活さえままならなかったと思う。けれど、ひとりでしか癒せない感情もきっとあると思う。ちなみに母も今はSNSをすべて断っている。癒やし方もかかる時間もみんなそれぞれ違うから、とにかく皆、無理をしないで欲しい。

そして、ご家族や近しい関係者の皆様の心痛も如何ばかりかと思う。
どうか皆様にも心を休める時間が、akiさんを好きなだけ偲ぶお時間がありますように。

最後に、昨日という節目の日に書いたakiさんへの手紙を置いて終わりにします。字が汚くてただただ恥ずかしい。物理的に届けることはできなくなってしまったけれど、回線や電波や見えない風に乗って、いつか届きますように。
akiさん、わたしたち親子を見守ってくださった皆様、本当にありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願いします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?