こんにちは。 今日は、私が生きた20年で間違いなく1番悩み、そしてたくさんの人に助けられたお話を残します。 それまで何をするにも必ず誰かのそばにいて、万が一失敗する事があっても、誰かと責任を半分こ出来るよう人の影に隠れて生きていた私。でも、ここでの決断を人にゆだねたらきっと一生後悔する、そう感じて私なりに責任を持って出した決断、それは 短期大学を"休学"すること 休学生になって半年。折り返し地点に到達し、改めて初心を忘れないようこの数年を振り返りました。 静かな体育
みなさん、明けましておめでとうございます。 誰がどう考えても今更すぎる。 2024年は手帳でも買おうかな、なんて思っていたのに気がついたら3月でした。 この記事を書き始めたのも去年の暮れ。書いたり消したりを繰り返していました、、。でも、いいんです。 喜怒哀楽せわしなく過ごした1.2月。ぜんぶぜんぶこの2ヶ月のせいにしてまえ。自分のnoteくらいマイペースに、思うままに勝手が許される場所にさせてくれい。 今年もどうぞ、私の自己満足の "きおく" の "きろく" ゆ
"愛されてるの感じてる?" "間違ってないよ" …… ( ; ; )!! 約1年ぶりに、私の愛するSUPER BEAVERのライブへ行けたのはもう3ヶ月も前の話。 最後は2年前の名古屋、クリスマスの日。 本当はもっと いつもありがとうあなたたちのおかげで生きることが楽しいですって伝えに行きたかった。 けれど気がつけばこんな時期に。 でも、この4人はやっぱり変わらずに私の"生きててよかった"と思える存在でした。 4人の"生きててよかった"に私もなれてるかも
私には自分の目で見るべき場所であり、感じるべき場所だと10年ほど前からずっとずっと思っていた場所がありました。 2011年03月11日 のちに東日本大震災と呼ばれる大地震が、観測史上最大のマグニチュードで日本を襲いかかりました。 記憶に新しいこの地震が起きたのは今から12年前。震災が起きてから今日の日までこの期間をどう捉えるか、それはもちろん人によって様々だと思います。 被害の大きかった東北地方にとって12年という時間がどのようなものだったのか。今の私にできることは何
書きかけの記事が溜まりに溜まって結局つぶやきしかできません(;_;)
いつの日からか夢見て追い続けた世界、長い長い歴史の灯が途絶えませんように。全てはジェンヌさんの心の豊かさのうえに。
今笑い合いながら同じ時を過ごしている人達は、もしかしたら知ることもすれ違うことさえもなかったかもしれない人達で。きっとこの先も望まぬ別れと偶然の出逢いを繰り返して生きていくんだろうな、と。また私にとっての愛されていて欲しい人たちが増えました、なんて贅沢な人生だ🦫
2023年3月15日、 大学生になって”最初で最後の行事” 卒業式がありました。 この日初めて見た大学長、 初めて聞いた学歌。 入学式をしていないのに あっという間に時は経ち、 気が付けば卒業式を迎えていました。 入学式用に買ったスーツは 試着室で着てから3年間、 今か今かとクローゼットの奥で待機し、 ようやく陽の当たる世界へ。 (ズボンちゃんと入って良かった!!) 2年の短大生活と 1年の休学生活を終えて、 私の学生生活を締めくくるラスト3年の ゴールテープが見えてき
73年の人生、 地球15周分の飛行機に乗って、 旅するように生きた私の叔父は 小さいころから憧れの人でした。 まだ自分の意思で ものを考えることができて、 話すことができて動くことができて、 見たいものを見ることができる。 それなのにもう二度と会うことが できない、という現実。 どこか他人事にとらえていたことが 私に起きたのは去年の秋頃。 ”これが最後の15分間になります、 では。” 看護師さんにそう言われ 入った病院の一室。 手を握って、目を見て交わした会話。 最
こんにちは。 前回に引き続き私は今飛行機の上にいます。快適な空の上が自分と向き合う時間、このnoteを書く時間として習慣づいてきました。 なんて書き出していたはずの大切な下書きは、知らぬうちにゴミ箱へ。半分以上書き進めていたのに…。まァそんなこともあるさと、今日は名古屋からお送りしています。 2022年の振り返りは何としても今年のうちに。これだけは守りたくて、課題と戦っている友達を横に、私はnoteと対峙。(これは盛大な伏線) 昨日は12月25日、最高のクリスマスを過
久しぶりの更新 今は2022年9月1日、雲の上にいます。現地到着までの1人で過ごす16時間、1年を振り返る自己満足の備忘録を書き始めました。 なんだか沖縄にでも向かっている気分だったけれど、飛行機から降りて感じた日本とは違う独特の香りで、海外に来たことを実感。ここから飛行機を乗り継ぎセブ島へと向かいます。 今回が休学生活最後の旅、日本の4ヶ所で参加したワークキャンプの海外プログラムに参加します。この時フィリピンの旅は始まったばかりでしたが、これまでの旅で日本の絶景や美味
"行ってきます" "行ってらっしゃい、気をつけてね" お決まりのフレーズで空港に向かう電車に乗り込んだ私。窓から見えるのはパッとしない曇り空、いつも旅の始まりは青空が多い私はこの時なんだか嫌な予感、、 そしてお見事、予感的中。広大な大地をもつ北海道で、目的地から真逆へ進む電車に乗っていました。方向音痴でもなければ1人行動も慣れっこの私はこの期に及んで電車ミス。 こんな事件を起こしてしまった原因は、誰にも言っていません。が、自分では分かっています。私は電車に乗ってすぐにあ
4月の終わり、私は桜の花が満開に咲き誇る函館に向かっていました。元は青森県で行われるワークキャンプに参加するための通過地点。 でも私はこの場所で、本当に素敵な人たちに囲まれて憧れの大学生活を体験して、毎日笑っていました。大袈裟に捉えすぎかもしれないけれど、私にとっては本当に憧れの時間で、みんなの楽しそうな顔を見ているだけで泣きそうにまで(なぜ) でも大袈裟なんかじゃなく、コロナ禍で休学を決断したためにきちんとキャンパスに通ったことのない私にとって、思い描いていた大学生をで
大好きな人たちがアメリカへと旅立つこと、受け入れられなく寂しくてたまらなかった。自分も大人の仲間入りをして自由に行動できるようになって、ますます会いに行ける機会が増えると、当然に思っていた。一度だけ自分の目で見た彼らは、舞台の上でまぶしいくらい輝いていて、私はその日からファンのひとりとして応援していられることが、嬉しくて誇らしくてたまらなかった。たった一度でも、画面を通すことなく見れたあの瞬間をもう一度味わいたい、大好きなひとたちにもう一度会いたい。彼らのおかげで繋がれた人が
懐かしい人と、懐かしい場所で。多分これが何よりも自分が自分でいられる時間!