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2024ベルリン観劇記録(23)Nachtland

 3月14日、Schaubühne シャウビューネでマリウス・フォン・マイエンブルクの『Nachtland』。2022年の新作でずっと観たかったもの。レパートリーシステムがありがたい。

 ニコラとフィリップの父親が重い病気で亡くなった。父の死から2週間後、きょうだいはパートナーと共に集い、財産分与について話し合い、片付けをする。父親の家には価値のあるものがほとんどなく、屋根裏部屋にも埃とガラクタしかない。しかし、改めて確認すると、一枚の絵が残されていたことに気づく。セピアと茶色で描かれた水彩画で、黒い木製の額縁に入っている。その絵には印象的な教会が描かれていた。教会の上には雲のあるぼやけた空が広がり、太陽が輝いている。教会の影は石畳の上に落ちている。教会の門の横の壁には、人影を表しているような黒い線が描かれている。この絵は誰が描いたのだろう? 晩年の父親が趣味で絵を描くようになっていたのだろうか? フィリップはこの絵を素晴らしいと思い、ニコラは額縁を気に入る。ニコラの夫ファビアンが絵を額縁から外そうとし、錆びた釘で怪我をしてしまう。フィリップの妻ユディトが、絵の下の方に「A.ヒラー」というサインを見つける。もしかして、最初の「I」を横に貫く線がある? l "は "t “なのか? 「A.ヒトラー」と書いてあるのか? アドルフ・ヒトラーがこの絵を描いたのだろうか? ということは、つまり?!
 この一家にはナチスと関係した過去はなく、いつもはっきりとナチスに反対していた。どうやら「美しいと思ったから」ここにあるようだが、なぜ父親はヒトラーが描いた絵を所有していたのだろう? こんな絵はどうするべきなのか? 燃やすのか? それとも売ったほうがよいだろうか? ユダヤ人の家系に生まれたフィリップの妻にとっては、耐え難い状況である。こんな絵を一体誰が欲しがるだろう? アドルフ・ヒトラーの側近、ナチスの要人との関わりを証明するような書類があれば、絵の価値を高めることができるだろうか? しかし、売って手に入れたお金をどうする? 新居の購入に使ってもいいだろうか、それとも売却金は慈善事業に寄付するべきだろうか? 家族内の議論が沸騰し、鑑定士や購入希望者が大騒ぎし、ファビアンが破傷風で倒れる中、フィリップとユディトの間に生まれた溝は、深まるばかりであった……

https://www.schaubuehne.de/de/produktionen/nachtland.html

作 Marius von Mayenburg
演出 Marius von Mayenburg
舞台美術/衣装 Nina Wetzel
映像 Sébastien Dupouey
音楽 David Riaño Molina, Nils Ostendorf
ドラマトゥルギー Maja Zade
照明 Erich Schneider
出演 Damir Avdic, Moritz Gottwald, Jenny König, Genija Rykova, Julia Schubert


 110分。2022年12月3日初演。この日はJenny König(見たかった!)が病気のため、おそらくRuth Rosenfeldが演じた。全体的にブラックコメディの作りで、辛辣だが面白く、観客に自省と思考を促すものでもある。あらすじは上記の通りだ。


 2023年10月7日以降に改訂された部分があり、確かニコラが発端で、「10月のハマスの一件以降、ガザへの攻撃を繰り返すイスラエルの……」と現在の状況を含んだ激論を交わす場面では、観客達が息を呑んだ。ユダヤ系であるユディトは「わたしはベルリンで生まれてベルリンに住んでるのに、ドイツ人じゃなくて、ユダヤ人って呼ぶんだ?わたしに、イスラエルによるガザ侵攻の責任を取れって?そもそもヒトラーがいなければ、イスラエルを建国する必要もなかった」というような内容を話す。激論を交わす中、今も多くのドイツ人がうっすらと抱えるアンチセミティズムが暴露される。ユディトの夫、フィリップさえも。

 わたしは、世界に離散せざるを得なかったユダヤ教を信仰する人たちと、現在のイスラエルによる虐殺行為を支持する人たちを、混同することはない。だが、それらを一緒くたにしてしまう人が相当数いるだろうことは想像がつく。世界中のどこでも起こっていることだ。ある国の政治が自分の国にとって不利なことをする時、そのある国から来て住んでいる人や遊びに来ている旅行客を憎悪し、攻撃する人々がいる。日本にももちろんいる。
 わたしがベルリンに長期滞在していた2015年は、イラクやシリアから大勢がドイツへ避難しており、中東系差別が高まっていた。アジア系差別は、最近の米アカデミー賞での出来事からもわかる通り、マイクロアグレッションが少なからず存在する。イスラエル出身知人との会話から、2023年10月以降のドイツではアンチセミティズムが高まっていることを感じる。


 マイクロアグレッションと思われる行為を経験した時は、「あ、レイシズム?」と聞くといい、という意見を目にするが、本作に全くこの通りの場面がある。ユディトと画商の間で、「ああ、あなたレイシストなんですね?」「レイシストだって!?違う違う、わたしは黒人もアジア人も好きだし……」「ああそう!じゃあアンチセミティストなんだ!」「いや、あなたはとっても素敵だ」「は?」というような会話が起こる。少なくともレイシズムは悪だと理解している相手には、有効である可能性が高い。


 最後に。本作はロンドンのヤングヴィックシアターで翻訳上演されている。わたしも翻訳したい。どなたか一緒にやりませんか?


ドイツで観られるお芝居の本数が増えたり、資料を購入し易くなったり、作業をしに行くカフェでコーヒーをお代わりできたりします!