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2024ベルリン観劇記録(24)Pique Dame

 3月15日、ドイチェオーパーでチャイコフスキーのオペラ『スペードの女王』。知人から「スターが出てるからちょっと(チケットが)高いんだよ」と言われていたので、いつもより少し期待して観劇。客席の雰囲気も含め、〈スター出演のオペラ〉を存分に楽しんだ。 

指揮 Sebastian Weigle
演出 Sam Brown
舞台美術/衣装 Stuart Nunn
照明 Linus Fellbom
映像 Martin Eidenberger
振付 Ron Howell
合唱指揮 Jeremy Bines
コーラス Deutsche Oper Berlin
児童合唱指揮 Christian Lindhorst
ドラマトゥルギー Konstantin Parnian
出演 Martin Muehle, Sondra Radvanovsky, Doris Soffel, Lucio Gallo, Thomas Lehman, Karis Tucker, Chance Jonas-O'Toole, Padraic Rowan, Andrew Dickinson, Michael Bachtadze, Nicole Piccolomini, Oleksandra Diachenko, Jörg Schörner, Orchester der Deutschen Oper Berlin, Opernballett der Deutschen Oper Berlin


 クリスティアン・ヴァイグレ!わたし程度でも名前くらいは知っている指揮者じゃないか。当日劇場でプロダクション一覧を見て驚く。(作品内容とスケジュールの組み合わせ先行で鑑賞作を決めるため、他の要素を確認するのが遅い)そして女性主要人物の伯爵夫人とリーザが突然のキャンセルで代演。主役格が二人も入れ替わる。それで成り立つのだから尊敬する。

 演出が秀逸だ!演出Sam Brownの解釈は、主人ゲルマンの根源的な抑圧、ホモソーシャル内のオールドボーイズネットワーク、トキシックマスキュリニティによって植え付けられたトラウマを掘り出したもの。全編に渡り歌詞で説明されない過去とサブテキストを演出で表現しており、非常に納得のいく上演だった。50代半ばの男性が少女に恋をし、夜中に部屋まで入ってくるストーカー行為はあまりも怖いし気色悪い。演出によって彼の恋慕の中に子供時代の憧憬を入れ込んだのが秀逸だ。年齢を鑑みるに、彼が子供時代に淡い思いを抱いた相手は伯爵夫人であり、だからこそその孫であるリーザにも思いを寄せたのだ。過去の因果を盛り込むことで、二幕二場以降の説得力が増す。ゲルマンは情緒的に未熟なのだ。


 本来ゲルマンは将校という設定のようだが、服装からせいぜい部隊長(軍組織については詳しくはない)クラスを想像していた。三幕の宿舎の場面でも、ベッドは一段だが明確に区分けされておらず、共同部屋で寝食を共にしているようだった。部屋じゅうにピン止めされたリーザ(とかつての伯爵夫人)のものと思われる写真や切り抜きが心底気持ち悪い。若い細マッチョの兵士たちに囲まれ、彼らにナメられて揶揄われ、少々腹が出てきており、清潔ではあってもみすぼらしい身なりの中年男性が、ゲルマンだ。子どもの頃からいじめられ、ハブられてきたことが示唆されているため、ホモソーシャル内で昇格できない境遇、賭博にのめりこみ一発逆転を狙う歪んだ欲望も理解できる。ゲルマンの主観の世界のみでのことかもしれないという注釈はつけつつ、彼があらゆる場面で除け者にされてきた状況をコーラスの演出で表現しており、非常に納得のできる作りだった。仮面舞踏会や後半の賭博場面におけるクィア表現はさりげなく、しかし効果的だったと思う。

 「いや、そうはならんやろ!笑」と今の感覚では思う箇所について、観客全体が「いや、そうはならなやろ!笑」とクスクス笑えていたのがよかった。カーテンコールにMartin Muehleのスター性がよく現れていた。あれは〈自分が愛されていること〉〈観客の多くが自分を観に来ていること〉がわかっているスターの振る舞いだ。急遽出演したDoris SoffelとMaria Motolygina、見えないところで舞台面に体を半分埋めながら指揮をしていた合唱指揮者、オーケストラへの謝意も朗らかだった。また、伯爵夫人Doris Soffelは3階席からでもわかる超絶美人マダムっぷり。なるほどモスクワのヴィーナス! 所作の一つ一つが妖艶で、どんなにたっぷり間合いをとっても、成立する。

  今回の滞在ではドイチェオーパーとシュターツオーパーを何度か観ているが、見切れがほぼない舞台の観やすさとコーラスの迫力はドイチェオーパー、美術的な豪華さと演劇的面白さ主要人物の声の強さはシュターツオーパーの方が優れている、と偏りを感じていた。セットの豪華さに関しては、知人いわく、助成金の差だ。もちろん出演料に関わる。今回の『スペードの女王』に関しては、美術の転換が多く、コーラスに至るまで衣装が非常に煌びやか。スターのお陰で予算に恵まれている、ということだろうか。主要人物三名の歌唱には聞き惚れた。一幕のみ出演の大人数コーラスはカーテンコール前に帰ったのだろう。拍手を送りたかった。

ドイツで観られるお芝居の本数が増えたり、資料を購入し易くなったり、作業をしに行くカフェでコーヒーをお代わりできたりします!