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ハリウッドに嫌われた脚本家、ダルトン・トランボの人生に見る、キャンセルカルチャーの起源『赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD』

【レビュアー/角野信彦

2021年7月、東京オリンピックの開幕前に多くの関係者の過去が暴かれ、炎上しました。「キャンセルカルチャー」というのは、公的な役職についている人が、過去の発言や行動によってその役職をキャンセル(解任や追放)されることを指しています。実はこの起源は1950年代のアメリカにあります。

赤狩り引用場面01

『赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD』(山本おさむ/小学館)より引用

1945年に日本との戦争を終えたアメリカにとって、ソ連が次の仮想敵になることは明らかでした。

原子爆弾などの新技術をソ連に渡さないことが安全保障にとって極めて重要な場面で、為政者たちは、アメリカ国内の共産主義シンパに疑心暗鬼になりました。

『赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD』は、「赤=共産主義者」を取り締まろうとしたアメリカ政府、とくにFBIのエドガー・フーバーとハリウッドの映画関係者たちの物語です。主人公は、名前を隠して2度のアカデミー賞を取ったダルトン・トランボで、かれの毀誉褒貶の激しい人生は映画にもなっています。

アメリカの共産主義への恐怖は、原子爆弾の情報流出があった「ローゼンバーグ事件」によって一般人に広がることになりました。1950年のことで、民間人のスパイが死刑になるというショッキングな事件です。それだけ一般民衆の処罰感情も強かったということです。

ハリウッドでの「赤狩り」というのは、実質的なスパイを取り締まるという意味ではなく、一罰百戒で有名人でリベラルで社会主義的な分配政策に共感を持つ俳優や脚本家、監督などに「踏み絵」を迫る活動でした。過去の共産党組織への関与やそれに関わった仲間を「売る」ことができる人間は、追求から逃れることができましたが、それが出来なかった仲間想いの人ほど、この「赤狩り」で映画産業に関わることが難しくなります。

その中でも、追放されながら「ローマの休日」「黒い牡牛」でアカデミー賞を取り、「スパルタカス」のような大ヒットも出したダルトン・トランボの人生を、この『赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD』で振り返ると、アメリカのような国でも共産主義への恐怖で、全体主義へ近づくこともあるということがわかります。

それでもカーク・ダグラスのように、個人の才能を信じて「赤狩り」の恐怖に向かっていく人もいて、アメリカという国の懐の深さみたいなものを感じられる。

物語の後半では、FBIで盗聴や脅迫の技術を磨き上げ、歴代の大統領からもアンタッチャブルだったエドガー・フーバーが「赤狩り」から「公民権運動」に的を移していくに従い、映画産業に対する締め付けがゆるくなっていく様子が作品のなかで描かれます。

エドガー・フーバーが描かれるということは、ケネディ家の禁酒法時代からのマフィアとのつながりやマリリン・モンローの変死とロバート・ケネディの関係、JFKの暗殺、ニクソンとウォーターゲート事件などまで物語に含め、アメリカ現代史を楽しくおさらいできる漫画にもなっています。

全体主義が個人の自由を危機に陥れるというテーマは、ダルトン・トランボが生きた1970年代までの彼の経験が作り出したものだというのが、この漫画を読むとよくわかります。

創作に関わる人間がどうやってテーマを獲得するかを深く知る意味でもこの漫画はおすすめです。