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ウイグルやチベットを襲う地獄のような民族問題と向き合うために読んでほしい5つの漫画

映画「ムーラン」で再浮上したウイグル問題

9月4日(2020年現在)に公開が始まったディズニーの新作映画「ムーラン」が世界中で物議を醸しています。

8月10日に「民主の女神」と呼ばれた周庭(アグネス・チョウ)氏が逮捕されたのは記憶に新しいところですが、「ムーラン」主演の劉亦菲(リウ・イーフェイ)氏が香港の民主化デモにおいて暴力による制圧を行なっていた警察を支持していたということで、公開前からボイコット運動が行われていました。

そんな状況下で「ムーラン」が公開となってから数日、エンドロールのスペシャルサンクスに新疆(シンチャン)自治政府の機関が複数掲載されており「中国共産党・新疆ウイグル自治区委員会広報部」といった名前もあったことや、撮影自体が新疆で行われており、その撮影地が「中国北西部」と記載されていたことなどが、SNS上で続々と知れ渡ることになりました。

ここ数年だけでも、ウイグル族や他の少数民族が100万人以上強制収容所に入れられ、非人道的な虐待を受けているといわれています。民族浄化を行なっている組織へ感謝を示すかのようなディズニーの在り方にも、痛烈な批判が飛んでいます。

詳細は以下のBBC(英国放送協会)の記事に詳しいです。

ディズニー新作映画「ムーラン」、新疆で撮影 エンドロールで発覚
https://www.bbc.com/japanese/54067327

この記事の中で、BBCが8月に入手したという強制収容施設の内部を撮影した映像がありますが、これが非常に凄絶です。

ウイグル人モデルのマーダン・ギャパーさん(31)が、くしくも新型コロナウイルスの影響によって隔離されたことにより、スマートフォンを隠れて持ち込むことができたことで撮影に成功したそうです。これが世界に拡散されれば当局により彼の命が奪われるのは明白ですが、彼の叔父は問題提起のためにそれも止むなしとして世に出したそうです。

この世界に生きる人間として、見て、知っておくべき現実でしょう。

この世の地獄のような民族浄化を描く『慈悲と修羅』

ウイグルやチベットの問題に関して、私がまず思い出すのは業田良家さんの短篇『慈悲と修羅』です。『独裁君』という単行本に収録されており、現在では電子書籍で読むこともできます。

「慈悲と修羅」はわずか19ページの短篇ですが、2000年代に実際に行われた民族浄化の凄惨な様子を、これ以上なくわかりやすく簡潔に伝えてくれる内容です。

この物語では、当局に捕まり1年近く尋問を受け、思想教育を施され、あまつさえ去勢させられた男性の過酷な運命が描かれます。そして同時に彼が強制収容所の中で見た、この世の地獄のような光景も描写されます。

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『独裁君』(業田良家/小学館)より引用

暴力や陵辱、拷問は当たり前。更には、信仰する神仏を毀損(きそん)され、聖なる教典をトイレットペーパー代わりにされるなど、最後の砦である内心の信仰をも粉々に打ち砕く残忍極まる行為が描かれます。その苦痛は想像を絶します。

主人公の男性は何とか家に帰れるのですが、そこには兵たちに何度も犯され孕んだ上に中絶を禁じられ、産むことを強制された愛する妻が待っていました。

人間としての尊厳の徹底的な破壊。その果てに彼が最後に選んだ道は壮絶に過ぎます。

業田良家さんのデフォルメの効いたかわいらしい絵柄であっても、吐き気を催すような内容です。もっとリアルな絵だったら更にきつかったでしょう。チベット問題を知るに際して、まず最初に触れて欲しい作品です。

清水ともみさんの漫画では、悲壮な体験談が描かれる

また、最近SNSでも大きな話題になっている清水ともみさんの作品群も併せて読んでいただきたいです。『私の身に起きたこと』は10月に書籍版が出る予定で、noteの他、Kindle Unlimitedやマンガ図書館Zなどでも無料で読むことができます。

『その國の名を誰も言わない』(清水ともみ)

‪『私の身に起きたこと ~とあるウイグル人女性の証言~』(清水ともみ)

『マンガ「私の身に起きたこと ~とある在日ウイグル人男性の証言~」』清水ともみ

‪『私の身に起きたこと~とあるカザフ人女性の証言~』(清水ともみ)

『私の身に起きたこと ~とあるウイグル人女性の証言2~』(清水ともみ)

‪『私の身に起きたこと ~とある在日ウイグル人男性の証言2~』清水ともみ

 ‬この漫画では、より最近の状況が実体験の証言を元に生々しく描かれています。

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『その國の名を誰も言わない』(清水ともみ/note)より引用

街は監視カメラが溢れ、PC・スマートフォンにも監視用のスパイウェアがインストールされる現代のディストピアが描かれます。まったく不当な理由で拘束され監禁され犯され洗脳され、身も心もボロボロにされる様子に戦慄します。そして、国外に逃げても家族を人質に取られたり永住権を脅かされたりなど決して安寧を得られない日々が続きます。

「収容所は不衛生の極みでシラミがわく」というのは前述のマーダン・ギャパーさんの証言とも一致するところです。両方の情報を併せてみることで立体化し、分かるものもあります。

漫画でチベットを体感できる、綿密な見識に支えられた物語

ウイグル同様に、弾圧され続けてきているチベットへの理解を深めるために非常に適しているのが蔵西さんの作品です。前作『流転のテルマ』から引き続いて、蔵西さんのチベットへの募る想いが結実した作品となっています。

現代を舞台にした『流転のテルマ』に対して、『月と金のシャングリラ』では1945年から物語が始まります。

歴史に詳しい方はお分かりかと思いますが、これはまさに毛沢東(もうたくとう)率いる中国共産党によるチベット侵攻が行われた時代です。作者自身、この時代を描くことはチベットを描く上で避けては通れないものと考えつつも、一方でその困難さに始めは無理だろうと思っていたそうです。しかし、担当編集者の後押しもあり、なんとか実現したそうです。その決断と実行に敬意を表します。

チベットへの深い愛と敬意は読んでみれば一目瞭然なのですが、単行本の巻末の参考文献の量を見ると、どれだけ真摯な研究と努力に裏打ちされてこの作品が描かれているかがうかがい知れます。

チベット問題についても誠実に扱いつつ、『月と金のシャングリラ』は本質的にはそこで生きる人間の居場所と愛をめぐる物語となっています。

父親によって一人僧院に取り残されてしまった幼い主人公が、沙弥(しゃみ:見習い僧)として生きていく姿が描かれます。誰一人として知っている人のいない環境に強制的に置かれた子供の孤独と不安、そこからの成長、生きる場所と意味を友や師と共に見つけていく様は普遍的な共感をもたらします。そして、過酷な時代に生きる人々とそこに芽生える感情の行く末に胸を打たれます。

ストーリーもさることながら、この作品の美点は壮麗な絵です。『流転のテルマ』の時よりも、ますます洗練された画力により、チベットの風土や文化が臨場感たっぷりに描かれています。ページをめくっているだけでも、荒涼(こうりょう)として厳かなチベットの大地に流れる空気を肌で感じられるようです。民族衣装や僧院の装飾の細やかさと美しさには目を奪われます。

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『月と金のシャングリラ』(蔵西/イーストプレス)1巻より引用

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『月と金のシャングリラ』(蔵西/イーストプレス)2巻より引用

美しく細やかな絵によって、チベットの僧院での暮らしや、バター茶ツァンパ、ナツメやモモなどの食文化もたっぷりで、わかりづらい所なども注釈とともに描かれます。物語を楽しみながら、チベットのさまざまな側面を学んでいくことができます。

この漫画では、すべての中国人が悪い人間であるという表現はされておらず、中国人兵士の中にも気さくな新米兵がいることなども描かれているあたりは、非常にリアリティに溢れています。それでも、当時から中国共産党による酷い仕打ちがチベットの人々にどれだけの傷を残したかということを、端々の描写からどうしても想像してしまいます。

「生きとし生けるもの全てが幸せでありますように(セムジェンタムジェーラデワヨンガショー)」という、物語後半に登場する祈りの切実さは胸を打ちます。この祈りがほんの少しでも現実世界に広まることを願わずにはいられません。

チベットについて知ってみたい方は、ぜひ『流転のテルマ』と併せて読んでみてください。

今を生きる私たちが、民族問題ですべきことは何か

『慈悲と修羅』を読んだ時、「さすがにこれは漫画として多少誇張されているのではないか」と思うかもしれません。しかしながら、清水ともみさんの作品群では同様のことが主観による体験として、よりえげつなく描かれており、その誇張されているという考えは否定されます。むしろ、描かれていない部分でもっと酷薄な行為がなされていることは想像に難くありません。

これらが決してフィクションではなく、現在もなお行われているというのが非常に恐ろしいことです。日本では令和という新しい元号を迎えましたが、前時代的な人権の蹂躙(じゅうりん)が隣の国で平然と行われているのです。これらは平和な日本に生きていると実感しにくいことかもしれません。しかし、決して目を逸らしてはいけない、知っておくべき事実です。

STORY」9月号では、清水ともみさんが特集取材を受ける記事が掲載されました。女性向けファッション誌でウイグル問題が取りざたされるのは画期的なことです。

また今年はテレビ朝日の小松アナが「ウイグル問題は我々メディアも非常に扱い難い問題。中国当局のチェックも入りますし、我々報道機関でウイグルのニュースを扱うのはタブーとされてきた」と内部事情を暴露したこともあり、ここにきて風向きも変わってきました。

今こそ、世界全体で中国共産党が行っている非人道的な行為を厳然と批判するべき時です。そのために私たちができることは、こうした実態があるということをまず正しく認識すること、そしてそれを周りの人へと伝えていくことです

ウイグル問題は中国の歴史や政治についてはもとより、イスラムや中東の文化圏についても詳しくないと、全体像を把握しにくい非常に混み入った問題です。だからこそ、漫画という解りやすく物事を知ることのできるメディアが価値を発揮するところでもあります。

現代に、この世界に生きる人間として、まずはこれらの作品から読んでみてはいかがでしょうか。

WRITTEN by 兎来 栄寿
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