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自分の性癖に不安を覚える人の精神安定剤『低反発リビドー』

※本記事は、「マンガ新聞」にて過去に掲載されたレビューを転載したものです。(編集部)

【レビュアー/タクヤコロク】

「僕は(わたしは)変態なのか?」

人間ならば、人生で一度はこのことについて考えるはずだ。他人と違うことに悩み、傷ついてしまう人もいるだろう。結論から言うと、人はみんな変態なのだ。だからこそ、もし自分の変態性に悩む人がいたらこの『低反発リビドー』をお薦めしたい。

6月に渋谷にオープンしたマンガサロン『トリガー』の店長を務めていらっしゃる兎来さんが、「ころくさんにぜひ読んでもらいたい」と僕を見るなりお薦めしてくれた作品だ。

この作品は、デビュー作『さよならガールフレンド』でも注目を集める2015年期待の新人漫画家・高野雀さんの新作短編漫画で、アパート「コルダーハイツ」の住人たちの性癖を覗き見する、というものだ。各話のタイトルが「◯◯◯号室」となっており、その部屋で行われる恋人や友人との何気ないやりとりからにじみ出る登場人物の性癖を軽妙に描いている。

同棲しているパートナーの「緊縛」趣味を発見してしまう。共用PCに個人情報は残したくないものだ

例えば、304号室にいるのは「匂いフェチで盛り上がる女たち」がいて、404号室には「既婚者しか好きになれない女」がいる。501号室には「指が気持ち悪くて靴下と手袋を嵌めないとセックスできない男」がいたり、102号室には「犬を見て勃起するおじいちゃん」がいたり、206号室には「ぬいぐるみに性的興奮を覚える男」がいたり……。

5階建てで各フロア6室あるこのアパートには、30世帯30通りの性癖が存在している。

1話4ページほどの超ショートストーリーで、性癖とはいえ内容はライトなものが多い。若い人の性癖話が多くを占めているのも、ネットリしている中高年の性癖話は編集担当からボツを食らってしまうことが何度かあったため、若者のストーリーが結果増えてしまったのだそうだ。

なるほど弱めの性本能的なパワーという意味の『低反発リビドー』というタイトルも納得できる。

ゴスロリを着せるのが趣味ならまだしも、自分(男)も着て出掛けたいという。世界は広い

正直に話そう。アラサーにもなると、このレベルの性癖は少し物足りない。

こちとら、22歳で関西から上京し、この東京砂漠で社会人として酸いも甘いも経験してきているのだ。

もっとネッチョリした性癖を持っている人なんて、そこらじゅうにいるのが東京である。恐ろしいぞ、東京! 

しかしながら、人の性癖についてはなかなか表立って聞くことはできないため、30通りの性癖を覗き見させてもらえるのは、ちょっとイケないことをしているようで楽しかった。

僕らが住む世界には、誰がつくったか分からない「ものさし」があり、誰が決めたか分からない「標準」がいろんなところに存在する。特に日本は周りの空気を読んだり、出しゃばらないことが美徳だったりと、同調圧力が強い。 

特に思春期の若者にとって、所属するコミュニティの「見えない標準」から外れてしまうことは少し怖いことかもしれない。しかし、あえて言おう、そんなものはカスであると。

昔、金子みすゞという童謡詩人が言っていた。

「みんなちがって、みんないい。」 こういうことなんだと思う。今のダイバーシティ的な考え方が流行っているのも、結局は世の中に同じ人なんて一人として存在せず、誰もが特別なオンリーワン、世界に一つだけの花なんだぜ。ということなのだろう。

人はそれを個性というが、主語が「性癖」に置き換えられたところで、その本質は揺るがない。

おそらく、高野雀さんも本作を書くにあたってそんなメッセージを込めていたんじゃないかな。うん、きっとそうだ。

デビュー作『さよならガールフレンド』を読んでいて思ったことでもあるが、高野作品の多くは、ある地域で生活する登場人物たちが、まるでそこが世界のすべてかのように錯覚してしまうほど、窮屈そうに毎日を過ごしている。

ただ、そんな閉ざされた世界のささいなストーリーなんだけど、一人ひとりの感情の揺さぶりがとても大きく、ドラマを感じさせるのだ。

それをテンポよく描き出す高野雀さんの作品は、思春期に悩む若い人たちには特にグッと来るのではなかろうか。

「そんなちっちゃなことで悩まなくてもいいんだよ」と、ソッと背中を支えてくれる優しさが高野雀作品にはある。

もしも自分の性癖に不安を覚えたら、一度『低反発リビドー』を読んでみてはいかがだろう。


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