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自分はどこかおかしいのかな、という思い込みをおしまいにする

わりと、人に言われたことを気にしていたなというのを最近思っている。

わたしはかなり感情コントロールをしている方で、これはいつ身に着けたのかはよく覚えていない。接客業をしていたからかな? と思ったが、学生時代からそんなに周りに対して機嫌が悪いまま振る舞ったりはしていなかったと思う。

基本的に機嫌がいいように振る舞うし、笑いのツボも浅いからすぐ笑うし、そう頻繁に怒鳴ったりもしない。(反抗期の親とのケンカは除く)

それで人間生活は円滑なのだが、たまに知人から「いつも楽しそうでいいね」とか言われる。まだこれは称賛と取れる。しかし「悩みとかなさそうでいいね」とかがおまけでついてくることもある。すると返答に困る。

悩みがないわけじゃないが、本当に悩んでいることとか、そんな簡単に他人に開示するものか?

少なくともそんなことを言ってくる相手にはそうそう開示しないし、めんどいから「わたしだって悩みくらいあるし!今日の晩ごはんどうしようかな~とか!」って笑ってごまかして終わらせていた。

相手に悪気がないとしても、なんとなく「それって悪いことなのだろうか?」と感じてしまっていた。
わたしが機嫌よく振る舞い、悩みなんてないですよみたいな顔をしていることって、悪いこと?
指摘されると、わたしってなんなんだろうなという気持ちが生まれてきてしまった。

べつに毎日楽しくないのに無理して楽しそうにしているわけじゃない。
好きなものがたくさんあるので、推しチームが勝てば楽しいし、好きな漫画を読んだりアニメを見たりゲームをしたり推しキャラや推しカプのことを考えていればそれだけで楽しい。オタクでよかったと心から思う。

しかし心のずっと奥に「自分はどこかおかしいのかもしれない」という思い込みがあったから、人から少しなにかを指摘されるたびに「わたしがおかしいからかな」という気持ちがあった。
実際に「変わってる」とかいわれる機会も多かったし、ますます思い込みは強固になっていた。

だからもうおしまいにする。

楽しそうでいいねとか、悩みなさそうだねとかいわれたら「長生きできそうでしょ~~??」とでも答えておく。それでいいや。

自分ひとりだけがおかしいことなんてないし、自分は自分しかいないから、他の人といっしょにならなくていい。
どう感じて、どう行動するかも決めるのは自分だけ。「自分はどこかおかしい」と思い込んでしまっていたのはもうそれでいい。思い込みだったなって気づけたのがえらいし、思い込んでいた自分も許そう。

自分が感じたことを素直に受け取ればいいだけ。人に言われたことは、あくまで人が感じたこと。自分に当てはめて無理に受け取る必要なんてどこにもなかった。

わたしはわたしがそういたいから、そう在る自分が好きだから、これからもご機嫌で人と付き合っていく。

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