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過去のレコ評(2018-9)

(2018年「SOUND DESIGNER」誌に寄稿)

「Our Latest Number」toe
Machupicchu Industrias
XQIF-91001

16ビートがスリリングに聴こえるのは当たり前として、これだけ心地よく響かせられるバンドも珍しい。それは単に、リズムの縦のタイミングが正確だからというだけではない。それぞれの単音がコード構成音におけるテンションノートになる瞬間の柔らかさ。そして、各楽器の周波数及び定位が周到に振り分けられていることで、頭の中が気持ちよくマッサージされる。まるでよくできた刺繍のパターンを見ているかのようだ。ただ4曲目の3分半にだけ、ボーカルにいきなり綻びが訪れる。何かの間違いかと思うような不穏な響き。しかしそれを知ってしまえば、2度目からはそれも楽しめる。5曲目はブラックサバスのカバー。彼らとは真逆の音楽性かと思いきや、最後の1分半は彼らそのもの。

「LAMP LIT PROSE」Dirty Projectors
ホステス
HSE-1314

昨年の”Cool Your Heart”が個人的にツボだった彼ら。前作は、R&Bのスタイルに転向したと言われたが、実際は「音遊びが隙間のある方向に向かっただけ」という印象だった。それはメンバー脱退により、バンドスタイルの構造から自由になったことが要因だったように思われる。そしてそれに伴い、音を録音した後にエディットする分量が増えたということ。つまり、中心人物であるデイブ個人の作品という意味合いが強い作品だったのだ。そこで解き離れた音楽性が向かった先にあるのが今作。一番違うのはギターによる表現が多いこと。再びバンドメンバーを集めてライブするにあたり、デイブのアイデンティティがギターにあったということか。そのフィジカルさがキャッチーさに直結している。

「カンタンカンタビレ」奥田民生
ラーメンカレーミュージックレコード
RCMR-0008

映画では「製作費いくら」と公表されているが、音楽には無い。何故だろう。その昔、サイモン&ガーファンクルが莫大な実験を重ねて製作費を費やしたという逸話があった。なんとも隔世の感がある話だ。もちろん、レコード会社が製作費を負担するからであり、その分「なんとかして売らざるを得ない」ことを狙って彼らがわざと行ったこと。ではこのアルバムはどうか?製作費は安く見えるが、動画制作を含め手間暇がかかっている。いや、手間暇をかけたかったのだろう。音楽版「所さんの世田谷ベース」だ。音楽は遊びだ、ということを身を以て示している。いい大人が集めた機材と技術とノウハウ。「昔はこういうやり方だったのか」と感心するも良し、「そもそもレコーディングってこうだったな」と懐かしむのも良し。ダイナミックマイクで録音されたボーカルは今、かえって新鮮に感じられるから不思議だ。

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