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 藤井聡太棋聖の活躍などで将棋界が注目を浴びている。数年前に将棋ソフト不正使用疑惑に揺れ、谷川浩司将棋連盟会長の辞任にまで繋がった混乱時には、どうなることかと心配したものだったが、一人の天才の登場により一気に再度の隆盛が来ている。一人の将棋ファンとして、このよい流れを是非繋げてほしいと願っている。

ITの発展と将棋界

 将棋ファン、と自称したが小学生の頃に最も熱心に指したきりで、自分で指すことはほとんどしてこなかった。今はいわゆる「観る将」として専ら観戦を楽しんでいる。ここのところのITの進化は、AIが名人に勝利したり、将棋ソフトをプロ棋士が不正に使用したという疑惑に繋がったりと負の面ばかりが目立ってしまっていたが、実は良い面の方が多くでていると言える。

 不正使用疑惑後には携帯電話の持ち込み禁止措置、金属探知機の導入などより厳格な規則により、人と人との勝負として安心して楽しめるようになった。一方でAbema TVやニコニコ動画などのインターネット放送のおかげで我々ファンが将棋を楽しみやすくなったし、その画面ではAIが「どちらがどのぐらい優勢か」「次の手としてどんな手が考えられるか、それぞれの有効度は」などを示してくれており、観戦の敷居を下げてくれてもいる。

 将棋をする頭脳とプログラミングとの相性もいいのか、将棋連盟の公式ライブ中継アプリは将棋棋士や将棋連盟事務局員を中心に自ら作られたものであったり、プログラミング言語Pythonの本を書いた棋士もいたりするぐらいだ。

 私も公式ライブ中継アプリやインターネット放送でリアルタイムに観戦を楽しんだりしている。新興のインターネット放送局は、従来の型にとらわれず、三人の棋士がチームになって闘う団体戦を企画したり、そこでの闘いは羽生善治九段の提言に依り、フィッシャールールというチェス界で用いられている超早指しスタイルが採用されるなど、新しい動きも盛んだ。

 更には、YouTubeやTwitter等で情報発信をしている棋士も少なくなく、ITの進化は将棋界を脅かすどころか、盛り上げる方向に使われている。すばらしいことだ。中でも女流棋士の活躍はめざましい。山口惠梨子女流二段のYouTube連続講座は初級者にも判りやすく楽しく勉強できるし、香川愛生女流三段に至ってはYouTuberの勲章であるチャンネル登録10万人越えを達成している。

『職業、女流棋士』を読む

 夏休み、そんな香川愛生さんの著書を読んでみた。華やかに活躍する女流棋士YouTuberの第一人者、という一般的な印象とは裏腹に大変真面目に将棋に向き合っている内容であり、興味深く読むことができた。

 まだ20代なのに波瀾万丈の人生を生きてきたからなのだろう。大変悩みながら生きてきたことを吐露しているし、心の傷との向き合い方、勝負事に向かい続けるに際しての「平常心」と「人間らしさ」との両立、など非常に機微な問題を真剣に綴っている文章だ。

 タイトルが示すとおり「職業」として「女流棋士」にきちんと向き合って生きている方だな、というのが読後感。まず「女流棋士」という呼称の歴史的経緯などを示し、ともすれば「男女差別」ともとられかねないこの呼称に対し、そうではないのだ、様々な先輩達が切り開いてきたこれまでがあっての現在のこの呼称なのだ、ということを記す。そしてこの呼称への誇りも。

 道なき道を進んできた先輩たちへの尊敬の念が溢れているところは読んでいてすがすがしい。また冷静な分析がされているのもこの本の特色。例えば一般に皆が持つ疑問である「男性棋士の方が女性棋士より強いのはなぜ?」という疑問にも、現時点においてはそれは真実であり、その理由は歴史の違い(プロ制度がそれぞれ約400年と約40年)、競技人口の違い、その背景としての社会構造の問題だ、と明確に述べている。

 そしていずれ「女流棋士」という呼称が必要なくなる時期が来てほしいし、必ず来るだろうとも。その上で、現在における呼称「女流棋士」は大事なものであり、その職業として「対局」と「普及活動」を両輪で行い、未来に繋げていくのだ、という熱い想いが綴られている。

 中学生で女流棋士となり、女性初の奨励会5級合格という道を進み(通常は6級から)、奨励会では挫折を経験、一度将棋から離れて予備校に通い、大学進学して卒業、という経験あってこそなのだろう、現役棋士を引退したのちのことまでしっかり考えているのはすばらしいことだな、とも感じ入る。

 単語選びなどで違和感があるところもあるけれど、20代でここまで書ければ立派なものだな、とも思う。著者のこれからの将棋人生、そして人生全体に幸多かれ、と願いつつ本を閉じた。

 私自身、益々将棋を楽しみたいな、と思えた読書体験であったし、女流棋士の皆さんたちの前途も応援していきたいとも感じた。

今こそが将棋界が一番おもしろい時期

 そしてなんと言っても、現在奨励会三段として三段リーグで奮闘している西山朋香奨励会三段(女流三冠)に、四段昇段を果たし、女性初の「棋士」になっていただきたいと祈念してやまない。

 大山・升田の時代に将棋を好きになり、中原・米長の頃を楽しみ、谷川、そして羽生の時代は一般人として望見してきたが、今こそが将棋界が一番おもしろい時期だな、と思う。この時代に生きている好運をかみしめて、将棋を楽しんでいきたいな、と思っている。

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