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安藤彩英子・漆画展「MOON」を観る

ベトナム漆画の日本人画家、安藤彩英子氏の展覧会がハノイの国際交流基金・ベトナム日本交流センターのアートスペースで開催されたので、訪れた。

彼女は現在ホイアンに住んでいる。ハノイからホーチミン市へ移り住んだかと思えば、中部のホイアンに落ち着いた。安藤氏がハノイに住んでいたころは、よく彼女のギャラリーを訪れて、彼女の漆画を観る機会があった。

その中に私が気に入った作品があった。それは作品としては抽象画と思われた。絵の奥からこちらを覗かれている、そんな気分になる作品だった。彼女に僕はこの作品が好きですね、そういうと、彼女は「わたしも気に入った作品でね。なにを描いたのか種明かししましょうか?」そう笑いながら、「実はこれ、イカの目玉を虫眼鏡で拡大したものなのよ」という。そう言われてみれば、まさしくイカの目玉だ。

微細な細胞やら組織も忠実に描かれているのだが、ここまで拡大すると、具象から抽象へと転化する。そして、漆画のもつ光沢とぬめり感が、まるでイカの身体から滲み出た粘液のように鈍く光る。漆画のモチーフとしてはもってこいの題材なのだ。

それから十数年を経て、久しぶりに彼女の作品と対面した。今回のテーマは「月」だ。

  天の原 ふりさけ見れば 春日なる三笠の山に 出でし月かも

遣唐使として唐代に中国にわたり、科挙に合格し、玄宗帝に仕え、安南都護もつとめた阿倍仲麻呂の望郷の歌にちなんだとのこと。丸い漆画の画面に月面のような模様が施されたもの、天体や天空を描いたようなものもある。抽象と思わせながら、作家は極めて具象的な何かからインスピレーションを得て描いたのかもしれない。そう思いつつ漆画の画面と向き合う。

日本人画家が得意とする間や空白の取り方はベトナム人作家には見られない表現でもある。展覧会前二ヶ月で制作したものばかりという。旺盛な制作活動と作品の完成度の高さは彼女の円熟度を示すものだろう。

日本ベトナム友好協会機関紙「日本とベトナム」2023年10月号掲載


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