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15. ペガススと騎士

はるか遠くで弾けた爆音は、エルたちのいる宿舎の敷地にまで鈍く響き渡った。

「まさか……?」

カペラと表に駆けだしたエルは、西方につづく坂道の上から高く火の手が上がっているのが見えた。

「あの場所は……。《ウラヌス》!」

エルは全速力で走り出した。後ろからカペラの呼び止める声が聞こえたが、振り返ることなく人の群れを縫うように進んだ。

私立ミレトス学院の生徒もよく利用するその喫茶店は、美味しいと評判のコーヒーと、店長アルファルド・モーンの気さくな人柄によって街の人に愛されていた。そんな「表の顔」からは信じられない計画が、極秘裏に進められていた。

武器の違法所持・運搬という「裏の顔」だ。

「喫茶店での演奏会」と称して、武器を革の中に隠したダヴルを持ち込むことは容易であっただろう。また、標高の高い場所から街の様子を見渡せるため、密輸船が港に着くタイミングや、敵となる都市庁の動きも即座に把握できる。さらに、穏やかな雰囲気がただよう《ウラヌス》で恐るべき計画が蠢いているなど、そうそう思いつく者はいない。

すでに、戦闘が始まってしまったのだろうか。

散発する銃声が耳に届くたび、エルの胸が痛んだ。あの場所にはエレナがいる。ピーコックをはじめ、都市庁やミレトス学院の防衛部隊が出動しているが、早すぎる戦闘の気配にエルは内心で焦っていた。

事前の打合せでは、防衛部隊はできるだけ戦闘を行わず交渉によってアルファルドの身柄を拘束するはずだった。しかし、二発、三発と爆発が起きるたび、現実の厳しさを突きつけられた思いがして、エルは歯嚙みした。

「あなた、待ちなさいって!」

エルが前のめりに急停止すると、後ろからカペラが追いついた。普段とちがった彼女の出立ちに、エルは度肝を抜かれた。

「馬……!?」

手綱を握りしめ、栗毛の馬の背にまたがるカペラの精悍な姿は、まさに騎士ナイトのそれだった。巧みに馬を誘導し、エルの前に馬の鼻先を近づけると言った。

「この子の名前はシェアト。急いでるんでしょ、乗って!」

「カペラ、乗馬なんて出来たのか?」

「ここのお嬢様になる前は、馬に乗って何処だって行ってたの! さあ!」

誘われるまま、エルはカペラの手を取って後ろにまたがった。つかまって、という言葉を合図に、全速力でシェアトを走り出した。

「私、まだよく分かってない。唐突に廃刀の詔勅なんてものを見せられて、いままでお世話になってた店長が悪役なんですと告げられても、すぐ受け容れられるもんじゃないし」

「それは、そうだよな」

「でも、確かに変なところはあった。私一人に店を任せて翌朝まで帰ってこなかったり、いつのまにか店の羽振りが良くなってたこと、何度かあった。今思えば、武器の商売で得た資金だったのかもしれないわね」

凸凹の坂道を上るごとに、立ち昇る炎が大きくなっていく。煙のむせる匂いが空気に混じるようになった頃には、負傷した街の人々の姿も見受けられた。

「危険だわ。ここで降りましょう」

百五十メートルほど手前でシェアトを停めたとき、シェアトの前足に弾丸が直撃した。バランスを崩してうつ伏せになった勢いで、カペラとエルは大きく地面に振り飛ばされてしまった。

「流れ弾か……!」

連続する猟銃の発砲と、ごうごうと燃え上がる《ウラヌス》の建物。二階の窓からは炎がはみ出るように上がっている。

「エレナ!」

カペラの制止も聞かず、エルは《ウラヌス》に接近する。すると、入口付近で戦闘を続けていた男たちが、エルの行く手を阻んで銃口を向けてきた。だが、まったく怯えることなく彼は突き進んでいく。

「バカめ!」

猟銃が火を噴いた刹那、だれもが血を流して斃れるエルを想像した。しかし、エルは微動だにせず、じっと右腕を突き出している。

撃ち出された弾丸は時間が止まったかのように宙で静止していた。そして、エルが腕を一振りすると、弾丸は軌道を変えてあさっての方向へ不時着した。

「やめておけ。今度はお前たちの方向へ弾を飛ばすぞ」

「ふ、ふざけやがって!」

猟銃を発砲する者、棍棒を振りかざす者、脚力を活かして体当たりを仕掛ける者。一人だけでも手に余るそれら強者を、エルは一瞬のうちに叩きのめしてしまった。あまりの早業に、なにが起きているのか周りの人間は理解できない。

「一体、あなたは……?」

呆然とするカペラに、エルは言った。

ルーレタを信じる者、とだけ言っておく。私は、エレナたちを助けにいく」

そして、既に灰になりかけている《ウラヌス》の建物のなかへと飛び込んだ。

(つづく)

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