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「人権意識のない人間は国会議員になってはだめだ」本当に恐ろしい考え方だと思います。

 麻生太郎・自民党副総裁が4日、千葉県市川市内での街頭演説で、安全保障問題をめぐって「弱い子がいじめられる。強いやつはいじめられないんだ」と発言した。いじめによる自殺で一人娘を亡くし、いじめ問題に取り組むNPO法人「ジェントルハートプロジェクト」理事の小森美登里さんは「人権意識のない人間は国会議員になってはだめだ」と批判する。

 違いを認め合うこと、多様性が大切だといわれているのに、「強い」「弱い」という表現で人を決めつけ、分断する人権侵害の発言で、違和感があります。人権意識の希薄な方に国会議員をやってほしくありません。

 娘の香澄は1998年にいじめに苦しみ、自死しました。その4日前に香澄が言った「やさしい心が一番大切だよ。その心を持っていない(いじめている)あの子たちの方がかわいそうなんだ」という言葉を思い出します。加害者の抱える問題を一緒に考える大切さを私に教えてくれました。

「弱いからいじめられる」というのは被害者に責任を負わせる言葉です。加害者はいったいどんな状況にあったのかという本質を考える機会が奪われてしまいます。

 麻生さんの言う「弱い」はやり返さない子のことを指しているのかもしれません。一方で、視点を変えればやり返さない強さを持っている子とも言えるのではないでしょうか。

 私たちのNPOでアンケートをしたことがあります。大人から「やられた時はやり返して良い」「やり返すぐらいの強さも必要」と教わったことがある高校生は、半数を超えていました。

 この結果は、麻生さんの言葉に拍手し、共感する大人が少なくないことを示していると思います。今回の発言には、そんな背景があるのでしょう。

 大津市で中学2年生がいじめを苦に命を絶ってから10年あまり。「いじめ防止対策推進法」の成立からもまもなく10年になりますが、いじめで自死する子どもは後を絶ちません。子どもたちの世界はSNSを介することで複雑化し、どう対応するかで学校現場は悩んでいます。

 いま、政治家がすべきことは、子どもたち、そして教員たちに、何に困っているかを聞き、議員立法のこの法律を見直すことのはずです。人権意識のない発言をするのではなく、いじめの防止対策を担う組織の態勢づくりや、教員が研修に臨める環境整備に取り組んでほしいと思います。(聞き手 編集委員・氏岡真弓)

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