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「地球(テラ)へ…」全話レビュー(16)赤い瞳 蒼い星

あらすじ

 ソルジャー・ブルーとフィシスはシャングリラに戻る。人間に発見されたことから、ナスカを放棄するのではないかと若者たちは恐れていた。トオニィは昏睡状態に陥っていた。その頃フィシスは、避けようのない不幸が訪れることをブルーに告げ、ブルーは自身の目覚めの意味を悟る。

Aパート:昏睡状態の子どもたち、ジョミーの決断、フィシスの予言、マツカの問い
Bパート:グレイブ解任、進まない退避、ブルー出動、メギド始動

コメント

 シャングリラに戻ったソルジャー・ブルーを出迎えるフィシス。その頃ナスカでは、人間に見つかった以上ここから撤退するか、ここに居続けるかで若者たちの心は揺れていた。カリナの葬儀が終わっても、まだトオニィは昏睡状態のまま目覚めずにいる。母の死に気づいていて、目覚めたくないのでは?と言うものもいた。
 しかし、ジョミーは「メンバーズにこの場所を知られてしまった以上、ナスカを離れるしかない」と決断を下す。しかしそこへドクターから急報、ナスカの子どもたちが、次々に昏睡状態に陥っているという。

 フィシスは、ソルジャーに「この力を消してください」と願い出る。未来が見えることの辛さ、避けようのない出来事に増す悲しみに耐えられないという。彼女は、この地にミュウの船を導いたことは間違いだったのではないか、と恐れていたのだ。


でも忘れないで、君は力が特別なんじゃない。 存在自体が特別なんだ。

 敵であるキースをフィシスが庇った、という衝撃の出来事があってもなお、フィシスを責めず、彼女のありのままを特別な存在と認めるブルーだが、フィシスはなおも、「逃げようのない不幸が訪れます」と告げ、力なく崩れ落ちる。しかし、そのときブルーは「死神」のタロットカードを燃やし尽くすと、こう言うのだった。

長く君にかけられた呪いを消すときがきたようだ、
地球テラを見たかった。

 アバンタイトルではソルジャー・ブルーとフィシスとの出会いが回想シーンとして挿入され、二人の会話を補完しているが、そこには、セキ・レイ・シロエが教育ステーションの侵入禁止エリアで見たような培養ケースに入った少女の姿があり、チラ見せなシーンで謎が謎を呼ぶだけ、という悪循環に陥っている。ブルーの言葉からは「死」への覚悟が見えるが、原作を改変してここまでソルジャー・ブルーを引っ張ってきたにしては、掘り下げ方が足りない気がする。

 一方、キースはマツカの操縦する船に乗っていた。マードック大佐麾下の第13遊撃艦隊が、定刻通りソレイドを抜錨した、とマツカは報告する。スローターハウス作戦が実行されようとしていた。マツカはキースに、ナスカで呼びかけてきた者たちの正体を尋ねる。

あれは、僕の仲間ですか、それとも、僕をたぶらかす化け物ですか?
おまえと同じ、化け物だ。
そうだ、すぐカッとなる。それが化け物の特徴だな。

 マツカはキースに飛びかかり、首根っこをつかむが、キースは「殺してみるか? おまえを助けた人間を」と冷静である。助けられたという「情」があるために、殺すことができない、というのだ。
 発動された「スローターハウス作戦」とは、そんなミュウを根絶させようとするものであった。

 ここから、作戦空域に向かいながら、指揮権をキースに奪われるグレイブ・マードック、次々と昏睡状態に陥るナスカの子どもたち、キースの部下たちの集合と艦隊発進、シャングリラブリッジへのブルーの登場、そしてキースの艦隊、ジルベスター7空域へ・・・と、五月雨式に場面が繰り出されていくが、さすがに原作にはないソルジャー・ブルーの活躍や、キースの先輩グレイブの戦果横取り計画、キースの教え子登場!などに時間を割いたために、肝心のジョミーらミュウの、ナスカ攻撃の予兆に対する恐れと不安、動揺と対処、というストーリーの幹の部分が見えなくなってしまった感がある。

 実際、キースとブルー、という二人の大物キャラの間で、主人公であるはずのジョミーが空気になってしまっている。原作では、ジョミーがもっとも強く、ナスカ攻撃への危機感を持ち、一刻も早くナスカを離れるべき、と主張してミュウの集団を引っ張っていくのだが、そんな姿が本作ではみじんも見られず、昏睡する子どもたち、不吉な予兆に長老らと首をかしげるだけ、という薄い存在に終始してしまっている。

 そのため、本来予知能力を持つ者さえいる集団であるはずなのに、敵である人類側が、最終兵器「メギド」を持ち出しナスカに照準を合わせるまで、盛り上がるはすの危機感もなく、説明的に流れが描かれるだけの話になってしまった。

 原作では、ここからが第四部、クライマックスへ向けてボルテージが上がっていくところなのだが、本作では、原作改変によるボタンの掛け違いにより、どんんどん話がバラけていく感が強くなってしまっている。レビュー後半では、原作との比較から、なぜ物足りなく感じるのかということについて、考察してみよう。

用語解説

メギド

 もともと惑星改造用につくられたシステムを国家騎士団が兵器に転用。星を一瞬で消滅させる威力があるという。アルテミラ事変で最終兵器として使用された。いびつな十字の形をしており、その交差部にキースの旗艦エンデュミオンが連結され、起動する。ちなみに「メギド」とはもともとは聖書に何度か登場するイスラエルの地名で、黙示録においては、終末の大決戦が行われる場所(ハルマゲドン・メギドの丘の意)とされている。

原作改変の影響とは

 原作では、ソルジャー・ブルーはアタラクシア出立時に亡くなっているため、フィシスとの絡みはまったくない。ブルーのポジションにいるのは実はトオニィで、昏睡状態に陥った彼をフィシスがそのミュウの力によって彼の心に入り、意識を取りもどさせようとするのだが、その中でトオニィから「あなたはミュウじゃない、ただの人間だ」と責め続け、その末に少年の姿にまで成長して覚醒する。そして彼こそが、その強大な予知能力により「ナスカは滅びる」とジョミーに告げ、ジョミーを動かしていく。つまり、キースの殺害を企てストーリーを動かしたのがトオニィだったように、ここナスカでは、トオニィこそがキーパーソンなのだ。なぜなら、彼こそナスカで生まれた子なのだから。

 だが、本作では生きているブルーに、トオニィの負っていた役割が割り振られたことで、フィシスの存在意義を激しく問い、彼女を超える予知をジョミーに与えるトオニィというプロットが、彼女を特別な存在として認め、そのタロットカードによる曖昧な予知をブルーに示すという形に弱められてしまった。結果的に、このことが、ナスカ滅亡へのカウントダウン感を弱めてしまったのではないかと思う。

 逆に、ブルーの存在を生かして、フォシスとの会話から、冒頭にもあった回想シーンを掘り下げて、彼女とどんな場所で、どうやって出会ったのかに尺を取り、「テラを見たかった」という言葉にもっと深みを持たせる工夫ができればよかったのかなと感じた。

 一方の人類側だが、原作ではキースはナスカの調査結果をグランドマザーに報告し、その結果ミュウ殲滅の命令がマザーから下される。その後キースはマツカとともにベッドの上から艦隊が発進していくのを見るだけで、ナスカ殲滅作戦には直接関与はしていない。そうすることで、この作戦を立案し実行させているのはキースその人ではなく、その背後にいるSD体制の支配者、グランドマザーであることが明確に表現されていた。マザーの指令とあれば、何の疑問も抱かず大艦隊が唯々諾々と動くのだ。

 だが、本作ではメギドによるナスカ殲滅を決定したのは、キース自身であるかのように描かれている。それ以前から、グレイブ・マードック大佐の指揮で「スローターハウス作戦」が動いていたかのように読み取れるが、作戦名が出てきたのはこの話が最初で、指揮権云々の話も取ってつけたようなエピソードである。ちなみに「スローターハウス」とは屠殺場の意味で、第二次世界大戦時のドレスデン爆撃を題材にしたカート・ヴォネガットのSF小説「スローターハウス5」から取ったものかと推察される。

 どうやらグレイブは、キースをジルベスター7(ナスカ)に調査に向かわせて動けなくし、自らの指揮でミュウの船を沈めて、あわよくばキースも亡き者にし、その功績をもってメンバーズ入りを目論んでいたのではないだろうか。
 というのは、断片的に描かれた描写から私が忖度したにすぎないが、そもそも、こうした個人の野心や欲望により、政策や戦略が歪められることを防ぐためのSD体制であるのだから、こうした陰謀でメンバーズであるキースを出しぬき出世しようなどという策略は成り立つはずがないのだ。つまりグレイブのエピソードは、作品の世界観から逸脱したものといえ、完全な蛇足である。
 メギド、という、これも原作にはなかった最終兵器をキースに使わせたいがための構成なのだろうが、こうしたオリジナルキャラクターやオリジナル設定を付け足すことで、逆に、ミュウの真の敵は人類ではなく、それらを操作的に支配している「グランドマザー」である、という根幹がぼやけてしまった。

 グレイブと副官のミシェル、などという、竹宮惠子の世界観にまったく合わないキャラに時間を割くよりも、主人公のジョミーの苦悩にもっと取り組むべきではなかっただろうか。

評点

★★
 断片のつぎはぎのような構成で、ナスカ滅亡の序曲という危機感が感じられない。


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