行かなくていい現場

日が暮れるのも遅くなってきました。一日中微妙に降り続けた雨もそろそろ本降りになろうとしていることなど関係なく、人種も思想も概念も入り乱れた新宿で一人苦悩する私。好きな子が傘をささないので私もささず、グレーのキャップはとっくに雨が染みて黒くなっていました。ここまで来たはいいものの。

新宿で好きなグループのライブがあったこの日、数週間前から行かないことは決めていたはずなのに、バイトでお客さんに怒られまくって自制心を無くしたオタクは当日券とワンドリンクの3700円だけお財布に入れて会場前まで来てしまいました。

バイトから帰って、家で本を読んで、犬の散歩に行ったあたりまではワクワクしていたんです。目下に迫ったライブを想い心躍らせていました。夕方、家を出て、雨に降られながらやはり傘をささずに最寄駅まで歩いて。本当は東横線から直通の副都心線の新宿三丁目まで一本、同じ電車に揺られれば楽なのですが、目黒駅まで定期券の圏内なので目黒からJRに乗る方が安いことに気がつきわざわざ遠回りして新宿三丁目ではなく魔境新宿駅へ。実にその差は片道200円以上。

やる気の紐が途切れたのは目黒駅で乗り換える改札あたりでした。急にテンションが下がることはよくあって、理由などいつも特にありません。強いて述べるとすれば、退勤ラッシュ、東急線からJRに乗り換える人の多さに急に現実を感じてしまったからでしょうか。明日も平日。水曜日に夢を見ていいのか、と脳内で語りかけるもう一人の自分。

実際、前売り券を買っているわけではないのでJR目黒駅の改札を通る前に帰ればゼロ円なんです。定期券の圏内だから。60分ほど無駄になっただけ。

無理に足を前に出す自分と、理性を武器に鬱を加速させていく自分。こうなったら負の感情は膨らみ続けるほかなく、(人目を気にして)心の中で自分自身を二発、殴りました。一応、ライブに行きたい自分が判定勝ちで、既に述べている通り、会場前まで結局向かいます。

会場前でも立ち止まり、もう一度考え直します。このライブ、行く必要性を正直感じなかったんですよ。平日だし、安くはないし、メインは別のグループ。盛り上がりはするでしょうけど好きなグループはあくまでおまけ。チェキ代だってもちろん馬鹿になりません。これからゴールデンウィークもあるというのにここでお金を使うべきなのか、と考えた時に足が止まるのも当然で、実際知り合いのオタクでこのライブに来ると言っていた人はいませんでした。

ここでなにか思い出した私。「もしかしたら財布の中に2700円しかないかもしれない」。

今日、バイト帰りにお弁当とお酒を買って帰ったのですが、そこで1000円札を使ったため財布の中には思っていた金額より1000円少ない可能性に気がつきました。それこそ鬱展開ですが、その時の私からしたら理性の女神が手を差し伸べてくれたような感覚。

とはいえ、酔っているにしても財布の中身は流石に把握しているし、冷静に考えたら1000円間違えるわけもなく。女神に意地の悪さを見せつけられただけで、一応財布の中を確認し観念した私はライブ会場の重い扉をゆっくりと開きました。

まあライブが楽しくないわけがなく。だからこそここまで「行く必要のないライブ」に行くかどうかでここまで苦悩したわけで。これはライブレポではないので感想は書きませんが、もうひとつのグループも含め大満足の内容でした。

知っている人は結構いたんですよ。全員その日のメインとなったグループのオタクでしたが、現場でよく見る人はもちろんSNSで一方的に知っているオタクもたくさんいて、流石生誕祭だな、と。面白かったのがその日渋谷でやっていたライブに出演していたグループのオタクも結構いて、何をしているんだろうこの人たちは、と感じつつ、私の好きなグループが目当てのオタクは私以外いるのかどうか分からない状況で。

とはいえ目当てでなくても特典会には来るでしょうし、空いているだろうからこちらで先にチェキを撮ってメインの子たちの特典会に並ぶ人も多少いるだろうと思っていたのですが。

ライブが終わり、運営の方々(3名)が先にやってきて特典会の準備をしている時点でオタクは私一人。

準備が終わり、メンバーも来て特典会が始まった時点でもオタクは私一人。

別にヘイトではなくて、メインは向こうのグループだから当然といえば当然だし、実際に特典会に来るのが私だけなわけがないし、そこまで私は気にしていなかったのですが、流石に運営とメンバーは気になりますよね。

これを読んでいる皆様が経験したことあるか分からないのでお伝えしますが、特典会にオタクが一人だとチェキを撮りに行くのに勇気がいります。周りで他グループに並んでいるオタクからの「頑張れ」の目線が怖くて。実際にそんな目で見ている人がいたかどうかは別にして。

運営の方がなぜか「私はひとりでラーメン屋行けるタイプですけどね」という話を延々としていました。

何度もいいますが、私は浮いていることに恥ずかしさを感じながらもオタクが少ないことについては気にしていませんでした。そもそも私が恥ずかしさを感じているのがおかしいのですが、私はモブでしかなくてメインは当然メンバーですし、悔しさを感じているかもしれないとは横目で見ながら思いつつ、だったら私がサクラとなって積極的に特典会に参加しようと決意。

これが良くない。

これまで、好きなグループの歯車の一部に自分がなっていると錯覚するのだけは避けてきました。実際、そう錯覚する機会すらなかったのに、その時こう感じてしまったのです。

私が目黒駅で引き返していたら悲惨だったのではないか、と。

そんなわけないんです。結局、空いていたとはいえ特典会に来てくださる方は結構いました。私がいなかったところで、オタクが一人減ったところで大して変わるわけがないんです。

よく言われていることです。現場に行くのに使命感や義務感を持ってはいけない。当たり前のことだし、そんなこと考えたこともありませんでした。

しかしその時、「行かなくてもいい現場なんてない」と感じてしまったんです。

このグループのために行ける現場は行かなくてはならないと。

結局大切なのは自分です。そうやって自分の首を絞め続けるのはどう考えてもよくない。理性の女神が意地悪なのではなく、私の思考が至らなかっただけ。

思い返してみれば、私は昔から大人気のアイドルを避けてきました。最大の理由は特典会に長時間並ぶのが嫌だからですが、空いている特典会に参加することでその子を救っていることが重く受け止められるからなのかもしれません。

いやいや。ライブが好きだから、曲が好きだからその現場に行っているんですけど。

それが一瞬頭から離れた自分に嫌気がさした新宿でした。



あんなに楽しいライブ、本当に他にないんですよ。大半のメンバーより若いド新規の私が言うことに抵抗を感じているので直接言ったこともSNSを通じて伝えたこともありませんが、あなた達本当にすごいから自信持って。無責任なこと言ってすみません。

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