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給湯器が壊れて気付く人間性がある

始まりは、娘が頭を洗っている時だった。
「ギャー!?」という叫び声と共に、湯船に浸かる私にシャワーの冷水をかけてきやがった。
「なんじゃい!?」とすぐさまキレると
「だって、急に水になったんだもん!」
いや、水になったなら尚更こっちにシャワーを向けるなよ、咄嗟の行動に人間性が出るんだぞ。
そんなことをブツブツ言いながら給湯器を見ると、給湯温度が『0℃』を示していた。
水風呂だって10℃以上はあるんやぞ。

一度電源を落として立ち上げ直すと、給湯器は何事もなかったように『40℃』を示したものの、嫌な予感が拭えない。
新年会で遅くなる夫に置き手紙をして寝た。
『給湯器が壊れたかもしれません、急に冷水出るかもしれない気をつけて』
それを読んだ新年会で盛大に酔って帰った夫、リビングで「おお!やばいな!おお!やばいな!」と大声で独り言を叫び、洗い立てのシーツの上で風呂に入らず着替えもせずにそのまま寝ていた。
なぜだろう、冷水浴びろと思ってしまった。

翌日、給湯器はますます怪しくなってきた。
最初は20分、立ち上げ直して15分、徐々に0℃を示す感覚が短くなっている。
思春期に少年から大人に変わりはじまってるかもしれない壊れかけの給湯器。

賃貸マンションなので、もちろん管理会社にもすぐ電話をしたけれど、交換に来るのは最短3日後になるという。
「ここの給湯器、もうかなり古いんですわぁ、ほんますんません」
大家のおじいさんが菓子折りを持ってやってきた。
広島のマンションの時からだが、我が家、大家さんにめちゃくちゃ恵まれている。


現在のマンションの大家さんも、普段から常にマンション内をこまめに掃除してくれているし、朝に晩に顔を合わせるたび「寒いですなぁ」「暑いですなぁ」と声を交わし、12月にはエントランスにクリスマスツリーを用意して「電飾の灯り、もっと増やした方が華やかかいな?」などと通りがかりの私に笑顔で相談もしてくれる。
そんな、小まめに働く笑顔のおじいちゃんを誰が責められようか…?
「いえいえ、なんとかやっているので大丈夫ですよ」
本当は、今すぐ直してほしい。なんなら、わりと入居したばかりだ、その時点で新しい給湯器に変えておいて欲しかった。
嫌な相手にならいくらでも文句は言えるのかもしれないが、大家さんには後光が差している。
「こんな風に歳を取ろう」
大家さんの生き様に、今後の人生の指針が決まる。

その夜、とうとう給湯器が臨終に向けて息も絶え絶えになる。
立ち上げ直しても1分とたたず「0℃」を示すのだ。
娘が、同じマンションに住む同級生の女の子の家にお風呂をいただきに行った。

ちなみに、同じマンション内に娘の同級生は2人いて、1人は女子だが、母同士の付き合いがLINE越しの挨拶程度。
もう1人は男子で、母同士、数回ランチに行ったことがある付き合いである。
この2択、娘的には前者、私的には後者でサクッとお願いしたい。
しかし後者で行くと、娘的に、ラブコメ始まる王道手段よな?え、ワクワク。
いやワクつくな、主人公が娘のラブコメ、しかも風呂要素、母的に気まずい。

夫はというと、時々目覚める給湯器のその1分を繰り返し、なんとか薄ーく溜めた湯船のお湯で修行僧のように行水を始める。
「っしゃーーー!!っしゃーーー!!」と風呂場から絶叫が聞こえる。もはやそこは風呂でなく滝。
我が家に受験生とかおっただろうか?
白衣に身を纏い、何かを祈祷しているとしか思えない夫の声を聞きながら、ちょっとニヤついた。

私はといえば、その日は生理の2日目で、人様のお風呂をいただくのも憚られ、かといって滝行も絶対お断りだったので、電子レンジで蒸しタオルを作って、楚々と体を清めた。
夫婦で何かしらの儀式を始めそう。

まさに三者三様の清め方をして過ごす夜であった。
娘だけが鼻歌まじりでビールならぬジュースを開けそうな浮かれっぷり、なんなら明日も友達の家にお風呂入りに行きたいと修学旅行気分だった、返せ私のラブコメ妄想。

そうして翌朝、給湯器は天に召された。
もう0℃を示す余力さえ残っていなかった。
その日の夕方、ガス屋さんが約束の時間よりかなり早くやってきた。
私はパートに出ていて、1人留守番をする娘は、玄関付近で何やら不審な音がすると電話をしてきた。
「1人の時に、絶対に玄関を開けてはいけません」
子ヤギを守る母のごとく言い聞かせて育ててきた。
娘はその言いつけを守り、ピンポンにも応対せず、まず私に連絡、繋がらなかったので父に連絡、その上で玄関側の格子窓を薄く開け
「うちで何をやってるんですか?」とおじさんに質問をしたらしい。
「ごめんな、外の機械を直すのに時間がかかるから、先こっちをやらせてもらってるわ。お母さんが帰ったら、家の中も修理するから、そのまま窓閉めとき」と言われたと、私のLINEに報告があった。

報連相が完璧やないか!と帰ってから娘を褒めちぎった。
ガス屋のおじさんからも
「大変しっかりしたお嬢さんですな」と私が褒められた。
我が家に小さなOLがおるぞ、とひとしきり褒められた娘は、その夜いそいそと布団を敷いてくれた、褒めて伸びるタイプである。君にいつかラブコメあれ。

その日の夜の、お風呂時間の幸せだったこと。
お湯が出るというのは、家族団欒の象徴であったのかとしみじみした。
あまりにもみんなが幸せそうだったので、東京ガスのCMに出られそうだと思う。
東京ガスのCMっていつもなんだか泣けて大好きです。
まぁ、夫の滝行にニヤついてる時点で出られないけどな。



全国の方が、温かいお湯に浸かってホッと出来ることを願っております。






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