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戸田市が目指す「特別でない特別支援教育」とは?

 戸田市教育委員会教育センター指導主事の藤本と申します。民間教育企業に勤めた後、戸田市が独自に行っていた「教育行政プロ」枠で入庁し、特別支援教育の推進やインクルーシブ教育システムの構築を担当して6年目になります。
 今回は、戸田市が進めている「特別でない特別支援教育」やインクルーシブ教育についてお伝えします。


1.障害はどこにある?‐障害の個人(医学)モデルと社会モデル‐

 特別支援教育についてお話する前に、一度「障害」とは何か考えてみたいと思います。

 こちらのイラストを御覧ください。車いすにのっている方が、階段を前にして困った顔をしていますね。この場合、障害はどこにあるでしょうか。

 車いすにのっているということは、歩くことに不自由さがあるのかもしれません。その場合、「本人の身体」に障害があると言えそうです。一方で、ここに階段ではなくスロープがあれば、この方は車いすであってもこの道を通れるでしょう。そう考えると、「階段」が障害とも言えるかもしれません。

 では、同じようにこのイラストだとどうでしょうか。ノートを前に、?マークがたくさん浮かんでいます。

 先ほどと同じように、「勉強が分からない」ことが、一つの障害として言えるかもしれません。一方で、本人のレベルに全く合っていない教材や学習内容でしたらどうでしょうか。本人の発達段階に合わせた教材であれば、この子供も楽しく学べているかもしれません。そう考えると、「本人に合っていない教材」が障害とも言えるかもしれません。

 かつて障害については、「障害は個人にあるもの」ととらえられていました。これを「障害の個人モデル(医学モデル)」といいます。障害は個人にあるものだから、個人で努力して解決していくという考え方です。

 ここから変化した考え方が、平成18年に国連で採択された「障害者権利条約」において示された「障害の社会モデル」です。これは、「障害は個人と社会(環境)の間にあるもの」という考え方です。階段ではなくスロープにする、本人にあった教材を使用する、のように、環境側が工夫することで、障害による困りを減らしていくことができます。

 

2.特別支援教育って?  

 さて、障害の考え方についてお伝えしましたので、ここからは障害のある子供への適切な指導及び支援を行うものである「特別支援教育」についてお話をします。

 特別支援教育はかつて特殊教育といわれ、特殊教育は「盲・聾・養護学校」や「特殊学級」といった特別な場でのみ行われていました。

 その後、学校教育法の改正に伴い、特別な支援を必要とする全ての子供を対象として「特別支援教育」が推進されることになりました。すなわち、通常学級を含む、どの学びの場であっても特別支援教育は推進されるということです。

 さて、特別支援教育の目的ですが、平成24年に出された文部科学省からの報告の中には「共生社会の形成に向けて、障害者の権利に関する条約に基づくインクルーシブ教育システムの理念が重要であり、その構築のため、特別支援教育を着実に進めていく必要があると考える。」と記述がありました。

 特別支援教育を進めることが最終的に全員参加型の社会である共生社会の実現につながるということは、「特別支援教育を進めることは、特別な支援を要する子供だけではなく、すべての子供に関係する」と言えるかと思います。

 そのような中、令和4年12月に文部科学省から報告された「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」では、「学習面又は行動面で著しい困難を示す」と学級担任等が回答した児童生徒数の割合は8.8%で、前回(平成24年)の調査から2.3ポイント増加しました。この数値、どのようにお考えになるでしょうか。

 様々な見方や考え方があるかと思います。ただ、通常学級の中にも配慮が必要な子供が少なからずおり、その子供らへの支援が必要であることは言えると思います。前段でお伝えしたとおり、障害は「個と社会(環境)の間にあるもの」です。配慮が必要な子供へどのように環境側が工夫していくか?はひとつ大事な視点であるかと考えます。

3.戸田市の特別支援教育のビジョン

 特別支援教育を考えると「障害のある子供」に視点がいきがちです。一方、特別支援教育は、英語で「special needs education」と訳します。

 この、「needs」という言葉がポイントで、障害の種類が、障害の程度が、という話も当然必要ですが、ニーズのある子供すべてに実施する教育であると言えると思います。

 先に述べた、特別支援教育の目指す先が共生社会であることも含めて、特別な学びの場だけではなくすべての児童生徒に関係することであるといえます。

 そのような特別支援教育の性質、また戸ヶ﨑教育長の「特別支援教育は教育の原点である」という強い信念を踏まえ、全ての学校における特別支援教育を推進するため、戸田市教育委員会では令和4年3月に「戸田市特別支援教育推進計画」を策定しました。


 本計画では、「特別支援教育」という言葉を使う必要がなくなるくらい、「多様なニーズに応じた支援が当たり前の教育」に向け、「特別でない、特別支援教育」の実現を方針として掲げています。以下の3点を取組の方向性としています。

①専門的・科学的な知見を活用した、教員の資質向上による指導の充実

②「必要な時に」、「必要な場で」学べる環境整備

③子供を取り巻く環境(関係機関)の連携強化

4.「特別でない特別支援教育」の実践例①-多様な学びの場の設置-

 戸田市特別支援教育推進計画の実践例についてお伝えします。まずは、計画の方針の2点目に掲げている環境整備についてです。

 特別支援学級について、戸田市内には、主に知的発達がゆっくりな子供へ支援をする知的障害特別支援学級と、主に情緒面の課題について支援をする自閉症・情緒特別支援学級の2種設置されています。市内小学校12校のうち11校、中学校全6校(新曽中知的障害特別支援学級を除く)に設置されています(令和5年度現在)。まだ設置されていない学校については、校舎の状況と設置のニーズを鑑みながら、特別支援学級設置率100%を目指して設置準備を進めています。

 おおむね通常学級に在籍しながら、一部必要な指導・支援を受けるための学びの場である通級指導教室については、発達・情緒通級指導教室と難聴・言語通級指導教室が設置されています。通級指導教室については全校に設置されているものではないため、保護者の送迎の負担が大きいことが課題です。そこで、現在試験的に通級指導教室が設置されていない学校でも校内で通級指導を実施できるようにできないか、課題によってオンラインでの実施ができないかなど、検討を進めています。

 学びの場の選択肢が多様であること、どの学びの場も選びやすい状況にあるようにすること、学びの場同士の交流があることのように、学びの場がグラデーションのように連続性のあるものになっていくことは、「特別でない特別支援教育」にとって重要なことだと捉えています。教室や教員の関係もあるので、関係課と連携しながら慎重に進めてまいります。

5.「特別でない特別支援教育」の実践例②-多層的な支援システム-

 戸田市特別支援教育推進計画の重点施策の一つが、「多層的な支援システム」の充実です。

 多層的な支援とは、多様な教育的ニーズに対応できるようにするためのシステムのことを指します。

 令和4年6月に総合科学技術・イノベーション会議において正式決定した「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」では、発達障害や学力差、不登校傾向、特異な才能や言語の違いなど、認識すべき教室内の多様性について触れられています。また、これら以外にも子供たちの特性は様々であり、多様な教育的ニーズの全てに対して個々に対応することは難しい状況です。

 そこで大切なことが、多層的な支援システムを意識した「第1層支援の充実」を図ることです。第1層支援とは、学校・学級全体を対象としたユニバーサルな支援のことです。

 個々の教育的ニーズにかかわらず、全ての子供に向けてわかりやすい授業をしたり、居心地のよい学級づくりをしたりしていくことが第1層支援にあたります。第1層支援だけでは活動が難しい場合には、第2層支援として意識的に個別の声かけやヒントの提示をし、それでも難しい場合には第3層支援として個別的支援をしていきます。はじめから「この子供には個別の支援をする」と決めて支援をするのではなく、そもそも全体を支援の対象とすること、支援の結果によって、集団から個へ階層的なアプローチをしていくことがポイントです。

 このように、全体に効果的な指導や支援を行い、その結果としての児童生徒の反応をつかみ、効果が見られるよう方法を変えていく支援モデルを「RTI(Response To Intervention)モデル」と呼びます。市内の小学校では、RTIの考え方をもとに「RTIミーティング」を定期的に実施し、データに基づいた支援方法の検討・実施を進めています。

 また、第1層支援の一つとして、PBS(Positive Behavior Support ポジティブな行動支援)の導入も進めています。PBSとは子供の望ましい行動を育てる支援方法で、できていることに着目し、望ましい行動を称賛や承認で増やしていく応用行動分析の一種です。

 RTIもPBSも、特別支援教育の文脈だけにおいて語られるべきものではなく、日々の学級経営や教科指導など教育活動の幅広い分野において活かすことができるものであるとも考えています。そのため、戸田市では、こうしたポイントを毎年度「指導の重点・主な施策」としてまとめて公開しておりますので、もしよろしければご覧ください。


https://www.toda-c.ed.jp/soshiki/10/sidou-zyuten.html 

6.今後の展望

 インクルーシブ教育については、平成18年にUNESCOが「すべての学習者の多様なニーズに注目し、かつそれに対応していくプロセス」と定義しています。

 インクルーシブ教育の話題になると、「学びの場を分けるか、分けないか」の議論になりがちです。分けることでそれぞれの専門性の高いところで学ぶべきか、分けないで皆が同じ場所で共に学ぶべきか。なによりも重要なことは「分けるか」「分けないか」の議論ではなく、「すべての子供たちの教育的ニーズに即した教育が提供されているか」、「本人がその場での学びを楽しいと実感できているか」を問い続けることであると考えます。

 戸田市で進めている「特別でない特別支援教育」もまだまだ道半ばですが、誰一人取り残されない教育の実現を目指しているこのプロセスこそが、インクルーシブな社会への一歩だと思っています。

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