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10/16。白いゆめ

 今日はなるべく早く起きて時間をかけてお風呂に入って、それからずっと行きたかったお店のランチの始まる時間には外に出て、たくさんご飯を食べたら街を歩いて、夕方からは映画を見るとか本を読むとかできたらいいな、と昨日からちゃんと思っていたのに、目覚ましが何度鳴っても上手に起きられなかった。

新しい家には今までと違って狭いけれど寝室がある。ベッドもシーツもカーテンもお飾りの天蓋も真っ白で統一しているからか、窓から差し込む朝の光まで蛍光灯のように白い。

 瞼の奥からも白さがわかる、蒸留された眠りの中、幸福な夢を見ていた。

 ちょっと、哀しくなるくらい。ちゃんと、忘れていたのに思い出しちゃうような、あったかもなかったかもわからないけれど懐かしい喜びの匂い。どんな記憶かなんて私以外には関係がないから思い出せなくても別にいい。だけれど確かに、幸福な夢を見ていた。それで、起き上がるのがもの凄く淋しかったものだから、ほとんどわざと、寝坊した。

 猫に餌をやって、仕事の時より地味なメイクをして、大切にしているアクセサリーだけをつけて、赤いマーチンを履いて外に出る。私は今とても幸せに生きていると思う。人生において、幸福というのは一瞬だけ胸を暖めてから爆発して消えてしまう幻のようなものだったから、もうそういうものなのだと疑う気もなく思い知ってしまっていたから、触っても弾けて消えていくわけじゃない幸福というものがあるということを、今でもたまに不思議に思う。いつも、私に喜びや安心を与えてくれるすべてのものに対し、不思議に思いながら、ほんの少し疑いながら、それよりも大きな力で抱きしめていることのほうになるべく集中しながら、絶対に傷つけることで確かめたりはしないように自らを戒めながら、なるべく迷うたび空を見上げながら、ありがとうと思いながら、生きている。

 結構な頻度で間違えるけれど、決して意地だけは張らないように、格好悪くてもださくてもどんなにだめなひとだと思われてもいいから誰のことも傷つけないように、必死になっている。どれだけの人に見捨てられても、私から誰かを見捨てることだけはしないよう、そういうふうに見えるよう、懲りずに生きている。そんなことがほんとうに鬱陶しいエゴだということにうすうす気がつきながらも、しばらくこれを正義として設定して生きてきたものだから、なんとなくそのままにしておいている。

 喜びを分かち合った時があったって、今もう側にいない人がそれはたくさんいるもので、そういう人たちを思う時、ほんの少しの罪悪感と自分に対する惨めさが湧く。そうして、まとわりついた惨めさに、安心するのだ。一度でも愛した人よ。一度でも友情をむすんだ人よ、離れゆく時、ちゃんと私のほうが惨めでしたか。あなたの孤独のかがやきは、わたしのさみしさよりもずっとずっと価値のある強さで、ずっとずっと追いつけない速さで、突き放してくれましたか。痛みはいつも、誰かの眩しさの中で体を劈いていた。私はどうしようもない人間で、いつも、愛しているとか愛していないとか、愛されていないとか愛されているとか、永遠に側にいるとか一度も触れ合わないとか、そういう極端な事柄にばかり囚われていた。そういうことを心の中で問い詰めていたら、お別れしか呼ばないのも当たり前だった。大げさなことばかり話しては地団駄を踏んで、今ここにいる自分たちを踏みつけた。そういうことが、全部今も、自分で自分のことを恥ずかしいと思う理由のうちに残っている。

 独りになるスイッチは、見上げた空とか、眠る前の音楽とか、眠りから覚めるほんの一瞬前のなにもない世界を目にするような瞬間とか、意外とたくさんあるもので、過去とか未来とか全部混ざったその瞬間に、私は私というひとがどういう生き物であるのかを図らずも目にしてしまうのだ。あれから私はほんのすこしでもましな生き物になったでしょうか。なにひとつ変わっていないのでしょうか。それとも、見るに堪えないような恥ずかしいものとしてどんどんひどくなっていますか。もう自分からではわからないのです。だけれど、ずるずると生き延ばす日々の中、本当は、永遠とか一瞬とかそういうことじゃあぜんぜんなくて、本当は、本当は、この世界のうちで私たちがたまたまここに居合わせた、そのことだけをただ大切にできたら良かったんだ。と、急に気がついたり、また忘れたり、それをまた思い出したり、そういうことができるというだけで生きてい続ける意味があるような気がするのです。

 当然に色々なものを失いながら、好きだった人たちと別れながら、ほんとうに下手くそに生きているけれど、ずっと私は私のめちゃくちゃな理屈で、ほんの少しでも、ほんの少しでもマシになりたくて日々を続けていくから、どこかで擦れ違えたら笑って会釈くらいできたらいい。二度と会えないまま死んでしまうならほんの少しでいいから、全宇宙から見たら少しは近しい場所で、光る星になりたい。暗闇じゃなくて星がいい。一緒じゃないと寂しいから。

 こんなふうに思う日がたまにはあってもいいやって、あくまで普通の顔で、一日が終わります。暖かいお風呂とか、そういうもので、今晩は幸せすぎない夢が見たい。ずっと日々は続いていくから、いつも普通でいられるように。

  

 そういう、失くしてしまったものに捧ぐ詩だとか、もっと今、ここにある幸福のための詩とか、もらった心に対する詩とか、ずっと遠い未来のための詩とかを、大切な衣装で撮ってもらった大切な写真とともに収めたZINEを先日のイベントで売ったりして、なんとか意味ありげなことをしながら生きています。

 飯田エリカさんと朝までたくさん話をしながら撮った写真、とてもいいので、手にしてくれたみなさんどうかゆっくり、なるべく夜に、なるべく一人で見てもらえたら嬉しいです。

「Hotel Poetic」、イベントに来られなかったというみなさんも、通販を準備しているので始まったらぜひ。

 


ありがとうございます!助かります!