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レポ4:部埼灯台(2019/1/3)

九州地方の北東部にある福岡県北九州市。その北九州市の中でも北東端に位置するのが部埼(へさき)灯台です。

そんな部埼灯台に以前訪れた際に「ここから臨む日の出はきっと絶景だろうな」と思い、どうせならと初日の出を拝む計画を立てていました。いざ2019年が明けましたが、1日と2日は家族の不調もあり断念、3日目にしてようやく行けました。

向かう途中に空が白んできて「日の出昇ったかな⁉︎」と焦る気持ちを抑えて部埼灯台のある田ノ浦へ車を走らせました。ギリギリ日の出前に部埼灯台のある丘に到着しました。灯台は昨年改装工事された階段を登った先にあります。そこで目にしたのは、夜明け後ですが灯火は消えていない部埼灯台でした。

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部埼灯台は、瀬戸内海から関門海峡に入る船舶の目印となるよう、不動光と閃光を合わせた「連成不動単閃白光」という珍しい光り方をしています。そのため夜に訪れるのもおススメです。

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1月3日午前7時過ぎ。2019年の灯台初め、御来光とともに。新年3日目だからか、訪れている人たちは少なく自分たち以外には2組の家族だけ。道も空いているし、やはり穴場スポットのようです。かつて千葉県銚子の犬吠埼灯台の日の出を観に行った時は沢山の人出でしたからね。

花崗岩で出来た石造灯台は、江戸開国時の大阪約定(大阪条約)で建設を約束した5つの灯台のうちの一つ。設計は「灯台の父」ことリチャード・ヘンリー・ブラントン。初点灯は1872年(明治5年)と年季が入っています。

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しかし、部埼灯台を観に行く際に是非とも注目して欲しいのがココです。

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「僧清虚火焚場跡」と書かれているこの場所は、部埼灯台のすぐ下に位置しています。

その昔、この地にまだ灯台が無い時代、暗礁が多いこの地域の航海のあまりの困難さに船乗りたちが通過する際にただただ念仏を唱えてやり過ごしたことから「念佛埼」と呼ばれていました。

天保7年(1836年)、大分県国見出身の僧である清虚が高野山へ修行に向かう途中にこの難所に気づき、何とか多くの人命を救おうと下船し火を焚き続けることを決心しました。清虚は日中托鉢で資金を集め、自身は1日1食の倹約に務め、74歳でこの世を去るまで13年間もの間、航行する船舶のために火を焚き続けたという偉業の地なのです。現地には当時の様子を再現したものが設置されています。

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凄いのは清虚が亡くなった後もその志は村人たちに継承されて、生命を護る灯火は焚き続けられていたこと。

そして、その想いを引き継ぎ明治の時代に建てられたのが部埼灯台なのです。部埼灯台の眼前には、清虚像が建立され、今もなお行き交う船舶の安全を祈念しています(灯台前の道路から海岸に降りられます)。

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部埼灯台を訪れた際は、清虚の行った偉業に思い馳せてはいかがでしょう。

村上 記

年々その数を減らしている灯台を護るため、灯台を訪れる魅力などをお伝えするプロジェクト。灯台マニアの方のみならず、灯台のある風景を通じて地域の魅力を再発掘したり、地元の原風景を護りたいと願う方々の想いを大事にしていきたいです。