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ブルース・スプリングスディーン&ヤン・ウェナー

ローリング・ストーン・マガジンとの出会い

ビートルズ風ヘア、裾を折り返したブルージーンズ姿の18歳の少年が、ニュージャージー州フリーホールドの大通りにたたずみ公衆電話に10セント硬貨を何枚も投じていた。彼はロックバンドのギタリストでドライブインや体育館で揃いのシャツとベストを着てTWIST &SHOUTを演奏したりしていた。父親は失業中で、自宅に電話がなかったため、わざわざ街角のニューススタンドまで歩いていき、公衆電話を使うしかなかった。ブルース・スプリングスティーンだ。1967年11月、大判の雑誌に目を留めた。表紙には軍用ヘルメットに丸メガネをかけたジョン・レノンのモノクロ写真が写っていた。
ブルースは、迷わずカウンターに25セント硬貨をポンと置いた。

創刊号

「当時、ニューススタンドの公衆電話でしょっちゅう恋人と長電話をしてたんだ。店に行くと、それがあったんだ。ボクの小さい町までやってきて『君は独りじゃない』と伝えてくれたんだ」

人口9,140人の労働者の町フリーホールドには、ロック好きのティーンエージャーは片手ほどしかおらず、ほとんどはブルースのバンドメンバーだった。

「俺は、スティーヴ・ヴァン・ザントと二人で『クロウダディ』と『ローリング・ストーン』を読み漁った。かけがえのないライフラインだった。この雑誌があるってことが、自分と同じ筋金入りのロック好きが、この世に存在するって証だった。元気づけられたよ。

ロックンロール・ホール オブ フェイム


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