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パンの実

鳥釣りが上がってくると、熊が雲に寝そべっていました。めずらしく本を広げています。
「何を読んでるんだ」
鳥釣りは聞きました。
「読んでないよ」
熊は答えました。熊は字が読めませんから。
「どんなお話が書いてあるのか、頭のなかで想像してるんだ」
「面白いか」
「うん、でも飽きちゃった。鳥釣りさん。読んで聞かせてよ」
「今日はだめだ。忙しいから」
鳥釣りは大きなデッキブラシをかついでいました。先日クモグライに空けられた穴の、後始末をしに来たのです。
たくさんあった穴はちゃんとふさがっていました。そこをデッキブラシでこすると、縫い付けてあった糸がブラシに引っかかってスルスルと抜けるのでした。
「掃除してる間、本でも読んでくれよ」
「読めないよ」
「熊の頭のなかの本を読んでくれたらいい」
熊は思い出すために目を閉じると、ゆっくりと始めました。
「むかしむかしあるところに、パンのなる木がありました……」
「ふんふん」
「そのパンはとてもおいしくて、おおぜい食べに集まりました。なくなってもすぐまた次の実がなるので、みんなおなかいっぱいになるまで食べられて幸せでした」
「いいね」
「でもいつも同じパンだと飽きてしまって、みんなジャムやバターを持ってくるようになりました。卵やハムをはさむこともありました。パンばっかりだとのどにつまるから、ミルクやお茶やくだものもいります。パンの木のまわりはいつもピクニックです」
「腹がへってきたな」
「ある日、もっと変わったパンを食べようと言い出したひとがいました。おなべにたっぷりの油でパンをあげて、砂糖をまぶしました。あつあつで甘くておいしくて、みんな夢中で食べました。ところが夢中になりすぎて、おなべの火を消すのをわすれていました。揚げパンを食べ終わってみたら、パンの木はこげて真っ黒になっていました。枝に残っていたパンの実もこげてしまったので、みんなは揚げパンでべとべとの指をしゃぶりながら、じぶんの家に帰りました」
声がやんだので、鳥釣りは顔をあげました。熊が妙な顔つきで座りこんでいました。
「それでおしまいかい」
「どうして燃えちゃったんだろう。ねえ、鳥釣りさん」
「火の不始末だろ」
「そうじゃなくて、どうしてこんな終わり方になっちゃったんだろう。パンのなる木はずうっとあればいいと思ってるのに」
「さあて」
鳥釣りは抜き取った糸をまとめてポケットにしまいました。掃除は終わりです。
「そろそろ帰ってなにか食べたいからじゃないか。残ってるパンを揚げてやるよ」
「そうじゃないよ。そんなわけじゃないと思うよ。ねえ鳥釣りさん」
「じゃあ続きの話をつくればいいさ。こげた木が生き返る話でも、新しい木の話でも」
熊は少し考えてから首をふりました。
「ううん。パンはもういいや。ぼくも飽きちゃった」
けれど鳥釣りは揚げパンを食べたい気持ちになっていたので、家に戻るとたくさんパンを揚げました。けっきょく熊もたくさん食べました。


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