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余白が人に楽しみを与え、人を豊かにする。

『妄想』という言葉が好きだ。大好きだ。

「キャッチコピーをください」とたまに言われる際は、いつも『比較的穏やかな妄想好き』と答えている程に。

“妄想”という語句の意味を広辞苑で調べてみると 

( ⅰ )みだりな思い。正しくない想念。 ( ⅱ )根拠の無い主観的な想像や信念。

という意味らしい。ふむ。きっと僕の中の妄想は( ⅱ )に近い。根拠のない主観的な想像や信念であり、空想(fantasy)ではない。そして大抵、自由な発想ができる時は心が穏やかな時だ。そんな時に自分の中の世界はどんどん広がる。気がする。

『思考が豊かになるには、心の余裕が必要だ。』

勝手に僕が信じている条件だ。余白が人に楽しみを与え、余白が人を豊かにしてくれると信じている。

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先週末、部屋の掃除をしている時に、どこか見覚えのある懐かしい手帳が出てきた。「この手帳いつ使ってたやつだっけ?」心の中で記憶を遡りながら、少し色あせた背表紙と、インクの滲んだページを1頁ずつめくり出した。「あーーーー、2浪目の時に使っていたやつやん。懐かしい。6年前。。。」頭の片隅に放置されていた記憶を引っ張り出しながら日記を読み返すと、2012年7月末の週にこんな文章が書かれていた。

『昨日、面白い海外のドキュメンタリーを見た。知らない世界だった。もうそろそろ模試もあるし、夏の暑さに負けずに頑張らねば』

たった数行の短い日記だったが、僕の中で思い出すものがあった。

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このころの僕はきっと心の余裕がない時だった。自分の抱く夢(医師になる事)とは裏腹に、日々の勉強が結果に表れない現実との板挟みに合い、少し疲れていた時期だった。“目的は大学合格”という失敗の許されない(と思っていた)小社会に生きているが故に生じてしまう、“小さなキズ” が “大きなヒズミ”となり、身動きが取れなくなるのを恐れていた。だから、余裕のない時は一切何もしない日を送る、無気力で、中身のないクルミのようだったのを覚えている。

そんな時に見た「面白い海外のドキュメンタリー」は、小社会に生きる無気力な10代にとって、すべてが輝いて見えた。内容は「新たな技術が今までの産業を変える」というものだった。今でもこれを見た時の気持ちを覚えている。最も一番心に残ったのは、「エンジニアが創薬をプログラミングで行う」という特集だった。正直、当時の僕には『意味が分からなかった』。小社会に生きる従順な若者にとって、「創薬は薬学部で行う」と学校で教わっていたからだ。学校で教わる全てが常識だからだ。創薬と情報学は無関係でしょ?本当に意味が分からなかった。

意味が分からなかったので、とりあえず「プログラミング 創薬」を調べた。ターゲティングをされていた故に日本語の結果は大学の薬学部紹介ページばかり出た。拙い英語で「programing drug-development」と調べると数件ヒットした。ページを読むとどうやらIT技術というものが必要不可欠らしい。その日は情報技術に関して調べる時間を過ごした。

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この逃避行にも見える行動はリフレッシュにもなった。そして「世界は広いのか。」と思えるようになり、少し視界が広がり、余白が作り出された。

余白を持つ人が何かに没頭した時、「こうなったら面白いよね」とふと思う事がある。それはきっと思考対象の “今” を見ているのでなく、思考対象を透過させて、自身の余白の限り時間軸を伸ばした “先の世界” を見ているのだと思う。「こうなったら面白いよね」は発言者の根拠なき想像だ。妄想だ。

話を戻す。

僕はこの特集を見た事がきっかけで、自由に考えるようになってしまい、終いには妄想を抱いてしまっていた。その妄想とは『医師以外が医療行為を施せるようになる世界が来るのでは?』というものだった。もちろんこれは歴とした妄想だ。しかし、その妄想について考えれば考えるほど、『これはもしかすると異分野と噛み合うことで実現するのでは?』と思い始めてしまった。どうやら根拠なき信念がこの時に生まれてしまったらしい。

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そんなことを、手帳を見ながら過去へとタイムトラベルをし終えた僕は思っていた。そして、どうやらその妄想を未だに胸に抱きながら生活をしているようだ。むしろ、その妄想が今の僕を作り上げているのかもしれない。

もしあの時、自分に気力があれば、きっとテレビなんか見ずに勉強をガツガツしていただろう。そしてテレビを見なかったら今とは違う世界に居ただろう。

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禅僧の白隠禅師が残した言葉が僕の最も大好きな言葉だ。その言葉は

「因果一如」

自分の言葉で意味を書くと、「今している行動がすでに結果である。」という意味だ。

「特集を見た」→「知らない世界に出会った」→「自分で考えるようになった」→「こんな世界になるのでは?と妄想し始めた」というフローだが、僕にとっては「特集を見た」ことがすでに大事なゴールだったのかもしれない。

妄想の終着地はまだまだ遠そうなので、余白を持ちながらさらなる妄想に励みつつ、頑張って今を生きようと思う。



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