物理的な話をしよう

「過呼吸」には一定の需要がある。らしい。私にはリョナラーの才能がないので、その辺りの魅力はあまり理解できないが、とにかくそうらしい。

その証として、メンヘラに一定の需要ができ始めていた。同年代のリストカッターを性的な目で見てるから詳しいんだ。なんか最近Twitterでは自殺幇助禁止! なんて勧告が出始めて、本物のリストカット画像が減りつつあるけど……これは後に「座間9人殺人事件」の影響だったとわかる。お前………私のライフラインを削りやがって! 絶対に許せねぇ!! などと倫理の欠片もない理由で犯人を憎んだ。




血液をきちんと体内に巡らせるには、鉄分の摂取とリンパマッサージが重要だ。私はそう考えていた。

私は広汎性発達障害ということになっていたので、同じものを定期的に食べる必要がある。それを望む母を通じて、納豆やカルピスは常備してもらうよう頼んでいた。現在もその方針は続いているため、生理痛知らずだ。


いつものことだが、当時も当然母を殺したがっていた……かと思いきや、そうでもなかった。通信制高校に通う私は、成人式のために5年で卒業しなければならない。つまり、レポートをやらずに時間を引き伸ばしつつ母の機嫌を取る必要があった。


インターネットに来たら人生楽になるかと思いきやそうでもなく、むしろ面倒臭さが悪化した。流石に情報収集などに影響が出ると判断し、円滑かつ手間を極限まで減らして特定の人間を遠ざける手段を編み出そうと考えた。それは最終的に『山羊座の女』と記載された設計図を持つ人物を使って実験し、成功を収める。


その実験の準備段階で「うまいこと応用すれば、母も殺せるのでは?」という発想はあった。今回するのは、その仕組みの物理的な話だ。




私がもっとも危惧したのは、無知ゆえの衝動性を生み出す脳だ。当初は原因がわからなかったが、これは私がたくさん褒めるのが悪いのだ、と気づいた。だから梨央もあんなことになっちまった。こんなことなら流行に沿って最悪のいじめとやらでもやっておけばよかった。

とはいえ。好きなものを褒めて何が悪いのだ。私が褒めることではなく、人を褒める文化のない世界が悪いに決まってるだろうが。

こういう女は壊滅的に話ができない。恩人ならまだしも、全員に常識や暗黙のルールを教え込むのは手間だ。さらに、男というのはキャットファイトにおいてちっとも頼りにならない。いやわかるけど。コイツら何言ってんだって感じだよな。この現状において手間をかけずに事を解決するには、脳を部分的に破壊するしかないと考えた。



脳を破壊するには、酸素を送らせなければいいのではないか? しかし、首を絞める習慣を作るのは私の力(物理)じゃ無理だし、できれば遠隔で酸素を送らせないようにしたい。リストカットをはじめとした自傷行為への誘導は「自殺幇助」になってしまうだろう。座間事件を受けたわけではないが、それはダメだ。ここで「過呼吸」の存在を思い出した。


過呼吸の習慣をつけさせれば、じわじわと脳がおかしくなるだろう。不登校も精神疾患も流行ってるし、リストカットの代わりにオーバードーズをする子供たちが増えている。薬を吐き戻すのは本当につらい。アレ繰り返す奴マジでドMだろ。私はもう二度とやりたくないしこれを書いてるだけで辛えのに。とにかくこのやり方であれば、不自然なく人間の脳を破壊できるだろう、と考えた。


それどころではないと言いつつも、予行演習を繰り返すうちに「この手段で本当に母を殺せるかも?」と思い始めた。記憶が鮮明ではないのだが、当時の母も向精神薬を大量に飲んでいた気がする。「自殺したい」とか言い出した日もある程度には精神状態が酷かったようだが、その際嬉々として「妹弟のためにも遺産相続について書いた遺書とキャッシュカードの暗証番号は残しといてね」と言ったらめちゃくちゃ怒られた。そりゃそうだ。




この世界には糖尿病という病気があって、進行するとインスリン治療や人工透析が必要になったり、最悪四肢が壊死するらしい。脚が動かなくなれば母も他者の人生にむやみに介入することはなくなるはずだ、そう考え、母が糖尿病になるような食生活を送るよう誘導していた。

最近は父がマッサージをしてやることもあるから、作戦は成功していると思われる。これらの計画を完全犯罪として遂行させるのが第一だが、母のやることはすべてがデタラメだったわけではない。その辺の医者よりも遥かに賢い人だった。私は母の発達障害論が好きだったのである。

虐待は第四の発達障害、というように、発達障害とは身体の病気なのだ。

母の発達障害に対する持論だ。これは私も考えていた。心は身体についてきただけ。つまり、身体から作り替えれば心もおかしくなる……母がそう考えていてもおかしくないし、私もそう考えた。



人間の動きを止めるもっとも簡単な方法は、その手順や存在を一切教えないことだ。暗黙の了解の存在、ルールブックを読むという手間、これらを教えないだけで世界は破滅する。破滅には炎上が伴うので、少なからず脳にダメージを負うだろう。しかし、それが悪だと教え込むことはあり得ない。


その代わり、思考を『改善』するという発想を消し去る。そのためだけに会話をすれば、邪魔な女は孤独を埋める私に感謝したまま脳を破損するというワケ。ここまで思い至るのは早かったが、新たな問題も出てきた。これらの効果を特定の人間にだけ発症させたかったからだ。



私がどれだけ天才でも、母を殺せなければ、愛する人に愛されなければ無意味なんだよ。参考までに、と脳を破損させる物理的な手段を調べるうちに、麻薬やシンナーという単語にたどり着いた。

麻薬はともかく、シンナーは合法で手に入れられる……というより、生活の中にあるものだ。副作用として脳がボロボロに、とか怖い話は出てくるけど、実際のところ「脳がボロボロになりやすい人」がいるのだろう。人間である限り、反応には個体差があるはずだ。


であれば、まず私が話術で嬲りやすい脳の形に変形させればいい。話術とは必ずしも人をよい気分にさせる技術を指すわけではない。

わざわざ迷惑な女を遠ざけるためにこんな大掛かりな実験をするくらいだからな、会話のできない女に詳しいんだ。それを絶妙な配分で使えばいい。脳が柔らかく、懐が緩くなったところで所定の部品を切除する。一連の計画を練り上げたところで、別の問題が浮上し始めていた。




そもそもこれらは「迷惑な女」「通行の邪魔をする女」を徹底的に排除する手段を効率化するため、すなわち保身を目的とした実験だ。むやみやたらと人を傷つける趣味はないし、好きな人を巻き込むのは可能な限り避けたい。

インターネットを徘徊し、実験に相応しい女を何十人もリストアップしていたが、当然これらの女は、私の大切な人間とは無縁であろう場所から選んでいた──つもりだったのだが、そうでないことが頻出した。


さぁあとは実験をするだけだ、一応友人に認知度を確認するか……と尋ねた結果「大ファンなんだ!!」と三回目に言われた頃から、もう切除も人にやってもらおうと思い始める。要するに超疲れたのだ。



私は一連の実験を「山羊座の女の実験(たまたま使った女が山羊座で、設計図の名前が『山羊座の女』だったから)」と呼んでいるのだが、出会ってから実現に至るまで3年ほどかかっている。これは綿密に彼女をストーカーした結果ではなく、周りの人間(味方)を説得するのに時間がかかっていただけなのだ。

ある時には本物の麻薬中毒の女を狙っていたので、過保護と思われそうだが心を鬼にし「お前この人とはもう付き合うな」と注意したこともある。完全犯罪を目的とした実験だった以上、間違った判断ではないだろう。強く、手のつけようもない女をターゲットにしていたのだから。




迷惑な女には必ずアンチがいる。


はっきり言ってこういう文化をきちんと理解してないのだが……私が見る限り、彼らが直接的な攻撃をすることはない。その話が嘘でも本当でも、巣にこもって話しているだけだ。しかし一度炎上すれば巣から出てここぞとばかりに情報を落とす。そして、最近のインターネットによくいる全然文字を読まない人が「殺す」とか「キモい」とか、過激な言葉にだけ目をつけて、前後不覚のまま火に油を注ぎに行く。この習性を利用することにした。


私は窓ガラスにヒビを入れてやる。特定の人間がナイフを持ってそこに押し入る。騒ぎを見てさらに騒ぎが生まれる。処理速度が追いつかず、過呼吸を起こす。やがてそれは習慣となり、また処理速度が落ちる。視界は曇り、物理的に人の話を聞くことすらままならなくなる。人の話を聞けない人間は邪魔なので、女は孤立するだろう。


女が孤立する前後までに「努力する」「人を信じる」「話をする」といった手段を脳から消し去れば、界隈をひとつ破壊するくらいなんてことない。

女は私を憎んでいるが、その頃にはあらかじめ用意した地図の通りに歩き始める。こっちへ来るんじゃないぜ、お前は面倒な女を潰しに行くんだ。私の代わりに害虫駆除をしてくれるな? 脳には酸素が回らなくなり、目つきはきつく、思考はナイフよりも鋭敏に。そうなった本当のきっかけすら、もう思い出せない。


ロボトミー手術が違法でほんとよかったよ。とにかく、人間から思考力を奪うのに最も良いのは「脳に酸素を送らない」なのだ。人間を殺したら犯罪になってしまうからな。誰でも音楽を発表できるようになり、漫画家じゃなくても漫画を書く時代になった。だからこそ、知識は宝となる。




これらの手段にはデメリットがある。


個人の知識をベースにして設計図を書いてるので、それは誘導だよと他人に説明されてしまえば、あるいは家族や友人が対象にきちんと寄り添ってしまえば、簡単にコントロール下から逃れられる。遠隔の誘導である以上、はっきり言って博打なのだ。運が悪ければどうにもならない。

もちろん私自身これらを自覚しているため、なるべく逃さないための対策もとってある。このうちのひとつが「専門知識を得る」ことだ。逆に言えば、専門家を専門知識なしの状態で誘導することは絶対にできない。これを利用して美術関係の知識の収集を禁止していたが、同時に応急手当てもできないので、一連を漫画化する時には自己責任で読んでくれ。



家出をしてからまとめ直し、先行で意見を尋ねたところ「思ったよりガチの人体実験だしリアル『ベイビィフェイス(スタンド)』じゃん……」とちょっと引かれた。ベイビィフェイス(スタンド)もいるし、コロナも流行ってるから殺人への実用は絶対やりません。コロナはサイトカインストーム説あるし。うつ病や帯状疱疹の原因はヘルペスウイルスなんだぜ。


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