藤堂 哲

人生を味わい、慈しみ、愛おしむ。そんなふうに暮らしていく日々を、綴っていきたいと思って…

藤堂 哲

人生を味わい、慈しみ、愛おしむ。そんなふうに暮らしていく日々を、綴っていきたいと思っています。 7つの習慣🄬実践会認定ファシリテーター。7つの習慣実践会のお申込みはコチラ⇒https://resast.jp/page/event_series/77621

最近の記事

7つの習慣実践会体験会

少し投稿をサボっている間に、「7つの習慣®実践会公認ファシリテーター」なる資格を取っていた。 25年ほど前に「7つの習慣」初版を手にしてから、成功とは何か幸せとは何かをずっと自分に問いかけていた。自分勝手で我がままなぼくは、書籍を手に取って読んでみたものの、主張する内容についていけず5年ほどは放置したままだった。それでも、やっぱり、という納得感みたいなものは頭にずっと残っていて、結婚が7つの習慣を実践してみようと決意した大きなきっかけとなった。妻は他者だからだ。 それから

    • 蛍川

      幼い父が太平洋戦争中疎開した土地に、赤川という川がある。 その川は毎年夏、蛍が一面に水面を覆い、現在でも「赤川ホタル」として保護の対象となっているという。少年時代、その幻想的な美しさに父は息を飲んだ。 むかしから蛍は、死者の魂だといわれる。 千葉出身の父は6才のときに戦争がはじまり、戦況の悪化に伴い島根県へ疎開。大日本帝国はミッドウェー海戦で主力艦船や熟練戦闘パイロットの多くを失い太平洋の制海権を握られた後、B29のような長距離爆撃機だけでなく、航続距離の短い艦上戦闘機にま

      • 人生の意味

        陽が昇る前に出勤し深夜まで働きづめの毎日。面白くもない授業をいい成績のためがまんして受講する毎日。面接を何度受けても採用されず無力感に囚われる毎日。日々の食べるモノや寝る場所を確保するのに必死な毎日。外車を乗り回し週末はパーティに明け暮れるインスタ映えする空虚で何もない毎日。 当然だけれど、無数にあるそれぞれの毎日。 そんな毎日にどれだけの意味があるのだろうと、考えてみる。過ぎてゆく日々にはいったいどんな意味があるのだろう。人はどうして生きるのだろう。ぼくがここにいるのは、

        • 退屈だ

          コロナ禍でTVなどの家電品やSNSのゲームなどの販売額が過去最高だという。 自宅で過ごす時間が増え、持てあます時間をそういった娯楽に費やしているのだそうだ。ついでにいうとインターネット通販なども絶好調。TV通販も絶好調。 これを聞くだけで、現代日本人はどれだけ人生に向き合っていないのかがわかってしまう。 きっと、退屈なんですね。 退屈だから、新しい情報、新しいゲーム、新しい商品などを外へ外へと求めてゆく。どこまでもどこまでも。今や新しい商品はマーケティングを通して自動的にや

        7つの習慣実践会体験会

          良心

          暗がりにポツリとろうそくの明かりが灯っている。 ゆらめく炎に影ふたつ。 「お主も悪よのう。のう、越後屋。」 「何をおっしゃいます、お殿様。滅相もございません。しかしながら、あれもこれも、すべてはお殿様のご配慮によるもの。お礼のしようもございません。まことに僭越ではございますが。」 と、越後屋。脇に置いていた紫色の絹の包みを解くと、超有名店の高級和菓子である。 「どうか。お納めくださいまし。」深く頭を下げ、つつーっと菓子折りを差し出した。 「おお、これはこれは。流石は越後屋じ

          二次会

          我が家では、よく二次会が催される。 夕食が終わり、後片付けをしたら二次会に突入だ。我が家にとってこの二次会は、家族のこころを整えるとっても大事な時間である。 今日あったこと、可笑しかったこと、愉快だったこと、腹がたったこと、感動したことなど、感じたこと、これからやりたいこと、聴いてほしい事、練っている考えやアイディアなどを夫婦で、親子で、家族で語り合う。へえ~、うんうん、面白いね、すごいね、わかるわかる、云える、それな~、などと互いに相づちを打ち、聴きあう。話に花が咲き、深

          努力

          日本人は「努力ネタ」が大好物ですね。努力については諸手をあげて褒めたたえる。涙ぐましい努力に感動したがる。 生来、怠け者のぼくにとっては、周囲の発するこの「努力すべき光線」がハタハタ迷惑だ。迷惑なだけで済めばいいのだが、危険ですらある。決して言い訳ではない。 なにが危険か。それは、努力は必ず報われる、という一見美しい考えそのものだ。 努力は必ず報われるのだと信じれば、信じ続ければ報われるのだとするならば、報われないことの原因は本人にあることになる。つまり、希望が成就しないの

          歯はピカピカでなければイケマセン

          どうも、口の中がネバネバする。数年前から体調が芳しくないと決まって歯ぐきが腫れて血が出るし、何より痛みが疼くようになっていた。体調が戻ると歯の痛みも腫れも引いてしまうから、なんとなく放っておいたのだが、もしやコレは、歯周病ってやつかもしれない。そういえば、出血するたびに歯ぐきが痩せてきているようだ。いよいよ痛みの周期が早くなり、仕方なく歯医者へ向かった。ちょうど自宅の近くにお洒落なデンタルクリニックがオープンしたばかりだった。 歯医者になんて小学校の確か1年の夏に通ったきり

          歯はピカピカでなければイケマセン

          モテたい!

          小学高学年のころから、周囲は女子と付きあうだの別れるのと云いはじめた。毎日あまりにそういう話題で持ちきりとなるので、おのずと意識しはじめるようになってしまった。しかしそんな思いとは裏腹に、中学や高校へと進んでも恋愛とはまったくといっていいほど縁がない。第二ボタンなんぞ、くれと云われたためしがない。袖のボタンがほつれても女子に縫ってもらうような体験をすることは、ついぞなかった。 モテない男というものは現実を受け入れ、モテるために懸命な努力する必要がある。なぜモテないのか。モテ

          モテたい!

          鼻毛

          極楽の蓮池のふちを、独りでぷらぷら御歩きになっていた御釈迦様は、ふと、その池の水の面を蔽っている蓮の葉の間から、下の容子を御覧になった。蓮の花の蕊からは、何とも云えない好い匂いが、絶え間なく溢れている。極楽は真夜中。あまりにも暇である。どれ、地獄でも覗いてみるか。池の水晶のような水を透き通して、丁度蓮池の下にある地獄の底が見える。三途の河や針の山の景色が覗き眼鏡を見るように、はっきりと見えた。 たまたま御釈迦様の目に入ったのは、犍陀多と云う、人を殺したり家に火をつけたり、い

          とっとと逃げろ

          いろんな事情があって心ならずも所属してしまった組織やコミュニティ。日本社会のしくみのなかで、はじめから自覚やポリシーをもって希望通りの仕事にあるつけるほうが珍しいと思う。大抵はある程度の妥協をもって働くことの方が多いのではないか。そこで気づくのである。入ってみたら驚くほど同調圧力が強かったり、派閥争いが活発だったり、ノルマがきつかったり、役割の押し付けが日常的だったり、ブラックだったり。 厄介なのは、石の上にも三年とか、苦しさの向こう側にこそ成長があるとか、与えられた場所で

          とっとと逃げろ

          猿蟹合戦

          木に登れない蟹に柿を取ってやろうと、猿は木の上から蟹に声をかけた。 「おおい、蟹さんや。今、柿を取ってあげるよ。いくついる?」 赤く熟した柿に堪らずひとつ頬張る。すると木の下から思わぬ罵声が飛んだ。 「このどろぼう猿! わたしが木に登れないのを最初からわかっていて、種を植えさせたね! ひとの柿を勝手に食いやがって、容赦しないよ!」 猿は驚いて弁明した。 「そんな! ごっ、誤解だよ。こうやって、取ってあげようとしてるじゃないか。」 しかし蟹は怒っていて耳を貸さない。蟹の夫は狡

          猿蟹合戦

          主観的に生きる

          とかく客観性が大事にされる世の中である。 何かを主張すればエビデンスを求められる。権威性を求められる。どこかのエライ博士やセンセイが研究したものを素材として客観性とする。誰それ教授監修、元ナントカ省スゲエ次官監修、と枕詞の付いた主張のみが価値あるものとされる。 そうかと思えば事実をフェイクと言ってみたり、一次側情報が疑わしいモノを「良かれと思って」拡散してみたり、都合の悪い主張の発信者を貶めてみたり。情報の質をわざと下げるためのテクニックがSNS上に蔓延してもいる。既にぼく

          主観的に生きる

          オオカミだぞ~

          狼はずるく恐い。ぼくたちはそう思っている。実際、子ども向けの絵本などに登場する狼はみな恐ろしい。人間が少し油断をみせれば、またたく間に大きな口に血を滴らせて襲ってくる。ぼくたち大人は子どもたちに、狼が人間に害をなす「害獣」だというメッセージを植えつけつづけている。 人間の歴史のなかで大型哺乳類の飼育は比較的早くから始まっており、生活の糧としての牛や豚や羊などを狼に襲われ奪われることが繰り返されてきたのだろう。人間様としては、狼はにっくき敵でありつづけたことがその原因かもしれ

          オオカミだぞ~

          夏をあきらめて

          国道17号線をやみくもに南下して皇居を右手に通り過ぎると、15号線に出た。これで海へ行ける。国道はそのまま海岸へのびているはずなのだ。ミンミン蝉が家を出発してからずっとついてきていた。風のない夏の日。アスファルトは灼けるようだった。 高校を卒業してからの浪人生活を、あろうことか半年アルバイトをして過ごした。受験勉強は8月からと決めていて、7月にバイトを辞め宅浪を決めこんだ。予備校に通えばまた友人と遊んでしまうだろう。意志の弱い自分を隔離する必要があったのだ。それでも、バイト

          夏をあきらめて

          空地

          小学校低学年までバス停から徒歩20分もかかる不便な場所に住んでいたせいか、遊び場に困ったことがなかった。辺りは梨園やリンゴ畑に田んぼ、雑木林に竹藪といった具合。収穫期が終われば梨園やリンゴ畑は自由に出入りできたし、枯れ枝を集めて勝手に基地を組んでも近所の大人は文句ひとつ云わなかった。高学年になり行政の方針転換の影響を受けて転校を余儀なくされ、駅前の小学校へと移り家も駅前へ引っ越した。すると同じ市内だというのに環境は一変した。空地がどこにも見当たらなかったのだ。 遊ぶ場所とい