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大自然と音と人と#3

敢えて痛みを

 ユーチューブチャンネル「珍獣ヒロの当麻秘境「音むげん工房」だより」は2年前、コロナ禍の中で立ち上げた。不定期だが、DIYのリフォームや田舎暮らしの動画を発信している。その中の1本をぜひ紹介したい。
 場所は苫前の海岸。海のさざ波音やカモメの鳴き声の中、はしゃぐひろきさん。その隣で妻のあきさんは静かに気功を行っている。あきさんにフォーカスを当てた動画だ。この中であきさんが大腸がんを患い大手術を受けたことを明かしている。
 2019年春に大腸がんステージ4と分かった。肝臓、甲状腺にも…。5年後の生存率は50%と診断された。
 幸い大腸と肝臓のがん細胞は2度の手術で取り除くことができた。医師からは当然のように抗がん治療を進められたが、ひろきさんと共に食を改め、自分を見つめ直すことに集中した。この出来事は今まで以上に命や生き方の軌道を修正するありがたい機会になったという。その一つ一つを動画の中で告白している。あきさんに自然と寄り添うひろきさんの姿、そして表情には出さないがひろきさんを信じるあきさんの姿が印象的だ。
 映像には、ひろきさんの左腕の傷跡が映っている。“本来の器”に戻るために性別適合手術で左上腕皮弁を切除した跡だ。一時期は神経麻痺を伴い演奏不能となりピアノを断念した時期もあったという。今でも10分以上続けて演奏することができない。この事情を以前は公表していなかった。しかし事実を知った人から“生きる力をもらった”と言ってもらえたことから、今はプロフィールにも明記するようになった。「誰でも人生の終焉が訪れます。僕は今を生ききる一つとして、ソロピアノを弾き切る挑戦を続けています」。

 ひろきさんには、その活動をサポートする「ケイオス会」のメンバーがいる。皆ひろきさんの生み出す音に感銘を受け集まったメンバーだ。
 ケイオスの語源はCHAOS(カオス)。混沌や無秩序という意味で広く知られる単語だが、ギリシャ神話では原初の神の名称であり、宇宙はカオスから生まれたとされている。名付け親のひろきさんは「高エネルギー体の塊であり、同じ音の共振から何かを生み出す源という意味も含めています」と話す。
 「音むげん工房」。ひろきさんは“音”という存在にこだわる。音楽、環境音など音の中にカテゴリーは存在するが、音は音以外の何者でもなく、万物共通の物である。音により心を震わせ合うことができれば、きっと互いの命を尊べるはずと話す。

エピローグ

―ゆっくりと静かに過ぎゆく時間、ひろきさんの歌声とピアノが力強く、しかし優しく心に語りかけてくる。
 もうすぐ雪解けが訪れる。緑郷の森にもさまざまな草花たちが芽吹き、さまざまな生き物が冬眠から目覚め、にぎやかな季節が訪れる。この場所に立つと生きとし生ける全てのものからエネルギーをもらっている実感がわく。「夏にはこれまでより大きな会場で長時間の演奏を皆さんにお届けします!」とひろきさんは意気揚々と話した―