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鎌倉に行けない

テレビのグルメ番組や旅番組などで鎌倉が紹介されるたびに、私たち夫婦は行ってみたいという気持ちと、でも鎌倉には行けないねという暗黙の了解とが、いつもないまぜになってやるせない気持ちになってしまいます。

今から40年ほど前、大学3年生の時に、当時から付き合っていた今の女房と初詣に鶴岡八幡宮に行った時のことです。

その日は確か正月も七草が過ぎたころで、三が日ほどの混雑ではなかったと記憶しています。二人で鎌倉を散策しながら鶴岡八幡宮に到着し、お参りを済ませたあと、占いみたいなことには大した強い思い入れもないまま、誰もがやっているように私たちもおみくじを引いてみました。

すると驚いたことに二人とも「凶」を引いたのです。

その時はお互いに顔を見合わせ、きっと何かの間違いだろう、ちょっとした八幡様のいたずらだろうなどと笑い合って、もう一度引き直したところ、またもや二人とも「凶」。

こうなるとただの偶然ではないと、二人とも無言のまま、この状態から脱出するまで引き続けなければならないと思い始め、もう一度チャレンジしてみました。

結果は、私が三度目の「凶」、彼女が「小吉」となり、もうそこで打ち止めとし鶴岡八幡宮をあとにして帰りました。
帰りの電車の中で、私たちはほとんど言葉を交わすこともなく静かに帰ったことを今でも覚えています。

その年、私は4月から4年生になり、おみくじが示した通り何もかもうまくいかず、就職も希望する企業には全て落ちて、学生課が紹介してくれた、それまで聞いたこともなかった小さな会社に就職することになりました。

彼女はというと、思いもかけなかった重篤な急病にかかり緊急手術をして一命をとりとめるという事態に遭遇しました。

結果的にその年、1981年は私たちにとって、鶴岡八幡宮から始まったまさに「凶」続きの一年となってしまいました。そして、もうあそこには行くまい、私たちにとっては何らかの理由によって鶴岡八幡宮は鬼門なのだと確信した年となりました。

私はそれ以来、40年にわたって一度も鎌倉には足を踏み入れることなく過ごしてきましたが、女房には鎌倉に行く機会が何度か訪れました。

ひとつは結婚する以前に勤めていた会社で一緒に働いていた同僚で、今でも仲良くお付き合いしている友人たちに誘われて、温かい天気のいい季節に鎌倉散策に出かけるパターン。

この時彼女はその友人たちに
「鎌倉には行くけど鶴岡八幡宮にだけは行かない。」
と明言して、それを理解してもらった上で出かけて行きます。

でも、帰宅後には必ず体調を崩して2,3日寝込むことが定番で、それを覚悟の上で出かけているようです。
鎌倉散策はそうした覚悟を持って出かけるだけの価値があるらしく、鎌倉での時間そのものはとても楽しく朗らかなものであるらしいのですが、帰宅後は必ず寝込む、そんなことが3回ほどありました。

こうした都内近郊に住んでいる友人の時はこれで済むのですが、困るのは地方に住む友人が滅多に来ない東京見物に来るとき、必ずと言っていいほど先方の行ってみたいエリアに鎌倉がセットになっている時です。そんなときには彼女も「鶴岡八幡宮だけには行かない」とは言うことができません。

むしろ地方の友人のお目当てが鶴岡八幡宮参拝にあったりするので、そこは仕方なく出かけてしまいます。

その時は大変です。

ある時、私たちが福岡で転勤暮らしをしていたときに知り合い、その後もずっと親しくさせていただいていたご夫妻の奥様が上京した時のことでした。
その方は清澄庭園や六義園などの都立庭園巡りだとか、増上寺や靖国神社などの寺社仏閣巡りを趣味としていて、その時は鎌倉に行きたい、そして鶴岡八幡宮にお参りしたい、だから連れていって欲しいと言われ、彼女は覚悟して行くことになりました。

私はというとその日は仕事で、でもその奥様が前年にご主人を亡くされていたこともあり、久々にお会いしたいということもあって、鎌倉帰りに夕食をご一緒しようということで、新宿にあるイタリアンのお店を予約していました。
約束の時間に少し遅れながらも二人はそのお店にやってきて、久しぶりに奥様にご挨拶をしたとき、隣にいた女房が明らかに憔悴しきった様子でぐったりしているのがわかりました。
結局その場はできる限り盛り上げて時を過ごしましたが、女房はというとほとんど一口も料理に口をつけず、椅子に座っているのが限界だという様子で、奥様には失礼だったのですが早めに切り上げて帰ることにしました。

女房は肩を貸さないと歩けないほど弱っていて、とても電車で帰ることなどできないと考え、タクシーを拾おうとしてタクシー乗り場に向かう途中の道端に嘔吐してしまいました。ビニール袋は持っていたので、そのままタクシーに乗り込み、当時住んでいた幕張本郷まで首都高に乗ってもらって帰りました。その車中でも、窓を少し開けて風を切る音で運転手さんにわからないようにビニール袋に嘔吐を繰り返し、ようやく家に着きました。

先日、テレビの「ザワつく!路線バスで寄り道の旅」で鎌倉を特集していて、長嶋一茂さんたちが「ローストビーフ鎌倉山本店」でフルコースディナーを槇原寛己さんのおごりで食べる場面を見て「ここ行きたいね、ゆっくりしたいから泊まりで行こう」と女房に言うと、「鎌倉はダメ、しかも私たち二人そろっては絶対ダメ」と釘を刺されてしまいました。

日光東照宮や伊勢神宮、戸隠神社、諏訪大社、安房神社に亀戸天神、そして太宰府天満宮など、数々の神社に行きましたが、いつも厳かな雰囲気の凛とした空気感が大好きな私たちですが、何がどうなっているのかわかりませんが、どうやら私たちは死ぬまで鎌倉には行けそうもありません。
(写真は戸隠神社の写真です)

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