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「Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男」を読んで。

なぜ査読させないのか。

藤田先生は、査読なしで論文を公開していた事もあるという。査読は論文公開前の審査や検証なので、査読をしないのは極端に言うとウソの可能性があるということになる。なぜそんなことをされたのだろう。

戦争や家庭の事情で望んでも勉強するのが難しかった学生時代。それでもチャンスをつかんで、アメリカで気象学の最前線で長く活躍するまでになられた。同じころ発光生物の研究でノーベル賞を受賞された下村先生も、戦争で勉強どころではない状況から、アメリカで研究職に就かれ活躍された。共通する才能と努力は想像されるが、それだけだろうか。


藤田先生の著書『たつまき』では、竜巻被害の現場検証、統計の仕事が紹介されている。かつて、原爆の検証をされたように事後調査である。竜巻の研究が他の学問と異なるのどころでは、自然が相手で現象を再現するのが難しい。なによりも研究の成果が発見や証明ではなく、明日にも起こるかもしれない待った無しの防災だ。

藤田先生が中学時代、1人の和尚が30年かけて掘り抜いた洞門をみて、『私ならまず15年かかって穴掘り機を開発し、次の15年で穴を掘ります。そうすれば30年後には穴と穴掘り機の両方が残りますから』と言われた。効果と効率を大事に考えてのチャンスを最大限に活かすという事だろう。
竜巻の規模を表す藤田先生考案のFスケール。基準の設定であまり細かく階級分けするとなると厳密な測定環境の用意を必要とする。実用的な使いやすさ、わかりやすさに重点をおいたものだ。地震の震度のように使われてこそ竜巻の認知度もあがる。その先に防災がある。
下村先生も長い研究生活の間、ほとんど研究費を切らすことがなかった。これは生まれた国、言語や環境などの障壁があっても、それでもいつも期待以上の結果をだしてきた証だとおもう。
素質や努力はもちろん、困難な環境から積み重ねてきた経験が、求められている適切な結果をだす洞察力を持たれたように思う。

いろんな人の目に触れることで進展するかもしれない。自身も、もともと気象学から始めたのではない。査読をうけたものしか世にでまわらない。そんなスピードでは竜巻との戦えない。見えてるゴールが違う。たくさんの人命を救うことが最優先だ。




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