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偉大なる漿群閣下、祖躯君の誅罰を決意す

 今年は灰降り雨のせいで換皮を早くしなければならないのに、西の国境は閉じたままだった。加齢によりとみに輪郭が茫洋としてきた漿群しょうぐんの言葉はひどく分かりづらいのだが、大まかに通薬管つうやくかんがとった意はそのようなものだった。
 うんざりしたような鳴き声が多くの貴人から漏れ、一つの旋律を作っていく。可能な限り儀礼的に不満を表明するのはこのものらの特徴だが、旋律の乱れがたしかに存在する。いよいよもって抑えておくのも限界だ。この貴人たちの半透明の肉体の中で蠢いている斑点はいよいよ素早い巡りになっており、全身で苛立ちをあらわにしていた。
 一方で異界の戦士は彼らの会話を理解できないまま、呆然と立ちすくんでいた。
 通薬管は漿群の方に体を向け、叩頭して会話を促した。関節も指もない片方の第六肢が後頭部にぴたりと張り付き、もう片方の第六肢が通薬管の口内に滑り込む。偉大なる漿群は、周辺大気を通薬管へと吹き込んで言素げんそと共鳴させることで、言素による高度な会話が行えないこの者にもある程度の意志を伝えることに成功している。


 隣に倒れる宇宙航空特殊部隊第13隊副隊長、モーガン・オズワルドはピクリとも動かない。彼の首から上は5メートル離れた洞窟の壁で現代芸術を描いていた。その他、一個小隊のメンバーは全滅していた。隊長であるわたしの銃には弾丸が入っていない。
 私の眼の前にいるのはこの惑星の固有生物らしい、黒い肉をいくつも積み上げて溶かしたような生き物だ。それは鍾乳石を這い伝ってきた筒状の蛞蝓のような生き物に偽足を差し込むと話した。

『あなた、戦う者。ここ、私の場所。敵が存在する。あなた、敵を排除する』

 私は引きつった顔を向けた。冗談ではない。私――レイチェル・クロフォードはこの部隊のPVを撮影するために雇われた「一日隊長」でしかなく、ハリボテの装備品しか与えられていないのだ。

【続く】


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