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”人間”を生産するとは

レール上で安心して乗っていた人の終着駅


 最近は、よく「大学なんか行く暇あったらその金で起業しろ」とか「中学高校は暗記中心で生徒に考えさせることをさせない」さらには「もっと社会で役立つ人間をつくれ!」といった内容のことを頻繁に聞きます。

 私も長年見てきましたが工場・倉庫において、上から目線ですが、周りにいる人の顔つきがとにかく暗い。言われたことしかしないし、できない時は陰でグチり続ける。

 これはほんと学校教育の責任だということをここ近年確信しだしました。ここでは疑う=考えるという行為がありませんでした。もちろん主体が育つことはありません。こういう人たちが増え、一斉に定年退職するとどうなるでしょう?パチンコに入り浸るのも、遊びにおいても快楽を与えてもらわないといけないところに私は苛立ちを覚えるのです。ギャンブルがいけないと言っているのではないのです。

 余計なお世話でしょうが自分で道を切り開くことはないので国家が世話することになるでしょう。今でさえ社会保障費は圧迫されているのに。

 思考停止人間、歯車人間を作るのが、計画経済というソ連や中国などの社会主義国家の専売特許のように言われてきたのですが、そうとも言えないのです。唯一社会主義に成功した国は日本と揶揄されていることもあるのですから。


国家と学校と工場

 終身雇用、累進課税、福祉漬け・・。見事なものです。自国が資本主義国家と名乗ろうが関係ありません。面白い英論文があるので紹介します。

 ①If the factory is a school and the military is a school, the modern school system itself may be  seen as a factory. ②Thus revolutionary government in the nations that lack factories or what Marx called an industrial proletariat tend to establish school systems and military draft systems before anything else(since building factories is impossible), thus reorganizing the state as a de facto factory through its school and its armies. ③It doesn't matter what the specific ideology of these state is. ④The modern nation state itself is an educational apparatus that produces “the human being.”
①工場は「学校」であり、また軍隊も「学校」であり、逆に言えば、近代的な学校そのものがそのような「工場」である。②工場またはマルクスの言う産業プロレタリアートがほとんどいない国で、革命政権が真っ先にやるのは、実際の工場を作ること(それは不可能である)、ではなく、結局「学制」と「徴兵制」であって、それによって国家全体を巨大工場として組織し直すのである。③その際のイデオロギーがなんであっても良い。④近代国家は、それ自体「人間」を作り出す教育装置なのである。

「児童の発見」柄谷行人

 最期のセンテンスのかっこつきの”人間”が国家によって生産されるというのにはゾオーとしましたね。でもこれは事実なんでしょう。

 考えているつもりでいても、所詮は自分の置かれた場所での行為なんです。テキパキと生産性を上げる労働者も、多くの契約を取ってくるデキル社員もこの文章を読むとどうも”人間”にすぎないと思えます。そこに属している限り主体・人間はないのです。私自身もそうでした。

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