世界よ、刮目するがいい。彼は地獄にその手を差し伸べている。 【 表 】



「もし、海外旅行をするなら、どこがいい?」

「アフリカだな」

 在りし日の父との会話を思い出したのは、一冊の本と出会いでした。

 本のタイトルは『紛争地で「働く」私の生き方』。著者はソマリア、ケニア、インドネシア、2021年からはイエメンで活動される「NPO法人アクセプト・インターナショナル」代表理事の永井陽右さんです。既にマスメディアや動画配信などで、ご存知の方も多いと思います。御著書には、活動内容と活動に至る経緯、現場にある理想と現実との葛藤。揺れ動く心情の果てにある決意が記されています。

 と、並べてしまうと、どこにでもありそうな海外支援にまつわる内容を想像されるかもしれません。もしくは、非日常的で刺激的なエッセイを想像されるのではないでしょうか。しかし、活動される地域名についてお気付きではありませんか。世界情勢、地理、あるいは歴史に触れる方なら二度見されるはずです。

 一言で表すなら、苛烈。

 何せ、タイトルに「紛争地」が冠している時点で、気候を含め社会情勢も常識も、あらゆる環境が日本で暮らす我々にとって想像できないでしょう。ゲーム、アニメ、漫画、小説、映画の世界ではなく現実の「紛争地」。我々と同じ血の通った人間が、その場所に生まれ育っただけなのに、極限の選択肢によって強いられた世界で、若者が傷つけ殺し合い、複雑に絡み合う信念と利害の果て、無差別に巻き込まれる人々の姿。
 その場所へと向かうための入念な準備。装備だけではなく、聞き慣れない戦争特約付きの保険の存在、現地政府関係者、軍、多くの協力者、現場での折衝と交渉能力。それらは、十年以上重ねられた知識と経験によるものであり、永井さんの生命と信念を確実に守っているのだと、本は語りかけます。

 紛争地での仕事とはいえ、永井さんは武器を携えての作戦行動や、治安維持に参加されるわけではありません。拝見する限り、危険地帯での仕事中は通信機器や防弾チョッキなど自衛するためのものばかり。
 武器を携行せずに、何が仕事なのか? 永井さん達の武器は銃ではなく、アクセプト。つまりは、受け止めること、受けいれること。それは、所謂テロ組織に属する若者に対し投降を促し、あるいは既に刑務所に勾留される逮捕者と直接面会し、脱過激化と社会復帰の手助けをすることを目的とされています。

 ことに、テロ組織からの投降を促し、希望者と接触し保護するまでの過程が困難を極めます。貧困、飢餓、テロによる暴虐と搾取。町や市民の中で巧妙に紛れるテロ組織の謀略と脅し、勧誘、拉致の影。ある時は、テロ組織の姿に憧れ自ら進んで踏み入れる若者達。そのような若者達に届くようにと、フリーダイヤルの番号と、投降後の受け入れ体制の説明が記されたリーフレットを配置し、同じ内容のラジオを流す。それらを受け取り、テロ組織からの投降を決意した若者からの電話はホットラインとして伝わり、永井さん達の仕事が現地の軍関係者と共に粛々と開始されるのです。

 緊迫する様子の一部始終は、是非とも本書にてご確認ください。

 そんな私は、何度も本を閉じては妄想しました。もしも、愛する息子が紛争地で働くと言い出したら、私は何と答え、判断をするのだろう。もしも、同じ大学に在籍し、永井さんと会っていたら私は彼の言動を、どのように受け取ったのだろうか。
 遠く異郷の地で死を覚悟しながら働く日本人と、同じく故郷を離れ銃を持ち、兄弟と呼ぶ相手と対峙しなければならない現地の方々の心情とは。その方々が、初めて永井さんが掲げる思いと触れたとき、正直、どう感じたのだろうか。
 ラクダの味ってどんな味なのだろう。カートの味は? キシルや本場のイエメンコーヒーの味は? 学生時代にハマっていたゲームは? 一時期、蝗害の話題がありましたが遭遇されたのだろうかと、最終的には妄想から小学生レベルの疑問に変化してしまいながら読了しました。

 話を戻しますと、どなたかも読書感想文を掲載されていましたが、文章から滲む永井さんの悲憤を確かに感じました。一個人で何とか出来る問題ではないからです。その上、残酷にも現地の風景が、本当に美しいのです。何度も何度も、海の色の様子や、異国情緒たっぷりの食事の様子が記されていました。
 刑務所やテロに参加していた若者は、思想信条が異なっていても、話せば普通の若者なのです。選んで生まれてきたわけでもないのに、彼らが生まれ育った環境は、筆舌に尽くしがたいものです。
 先進国と後進国。豊富な選択肢と限られた選択肢。誰一人取り残さないと清潔な場所とお高い衣装を纏い、余れば捨てられる食事に囲まれる場所で綺麗事を言いながら、金をばらまき、自分と自分の仲間以外の人間を苛烈な現場へ送り出すのもまた、同じ人間である事実。
 人間、仕事をすると役目を負います。役目でしょう? 最終的には、あなたが決断した仕事でしょう? 言ってしまえばそれまでですが、選択肢も、抗力も乏しい若者に世界や責任を強いるのは、あまりにも理不尽だと感じるものもありました。
 とは言え、先進国も永遠に支援し、人材や資金を流し続けるわけにもいかないのも事実。私の場合は単なる妄言ですが、永井さん達「アクセプト・インターナショナル」の方々は、もっと酷い現実を直視され、思うところも比ではないでしょう。

 これらを踏まえ、端からは「それが現実だよ」とか「仕方ないよ、何をしたって変わらない」果ては「外国人が干渉すべきではない」と割り切ったり、置き去るのは人道的にいかがなものかとも思うのです。
 しかも、現地のテロ組織は単なる暴力装置ではなく、人の歴史が培った宗教が絡み付いています。そのため事態がさらに複雑混迷としている点が、解決への試みの前に大きな壁となって立ちはだかっているのも、また現実。
 ですが、そんな風に置き去りにされた場所に、外国人ではなく同じ人間として現場に降りた永井さんをはじめとする「アクセプト・インターナショナル」の方々及び関係者様には敬意の一言しか表せません。

 胸を張り、人間・永井陽右として初心と信念が赴くまま活躍してください。アクセプト・インターナショナルの皆様、関係者様、どうか、今日も明日もこの先も、ご安全に!

 最後になってしまいましたが、現地に住まわれる方々や、アクセプト・インターナショナルの方々が活動される場を“地獄”などと表題してしまい、申し訳ありません。不快な思いをされた方、お詫び申し上げます。

 大変、おやかましゅうございました。最後になりましたが……

『紛争地で「働く」私の生き方』永井陽右/小学館/定価:本体1,700円+税
 便利な世の中ではありますが、出来れば、お近くの本屋さんでお求めいただけると幸いです。本屋さんも守りたいので。何度も読み返したい紙の本に相応しい一冊です。

 長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。御免ください。