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「ガチャ上の楼閣」第13話

 「ヒロイックリメインズ」はまさに好調そのものだった。
 初日にセールランキング3位を記録し、一週間経っても10位前後に居座り、「エンゲージケージ」を上回る売り上げとなる。
 社員の苦労も報われたというものである。

「イベント告知のリアルイベント、小椋、コスプレするんだって?」

 次のアップデートに向けてスクリプトを打っていると久世が話しかけてきた。

「は? なにそれ?」
「さっき、衣装届いてたぞ。ヒロインのメイ」
「聞いてないんだけど……」

 その時点で予想がついてしまう。
 社長が文見に確認することなく、業者にコスプレ衣装を発注したのだ。
 メイはヒロインとあって万人受けする美少女で、文見が絶対に着ないようなヒラヒラの服を着ていた。

「絶対着ない」
「えー、着てよー! 絶対バズるって!」
「バズらんでいい!」

 道成にコスプレ写真を保存されたことを思い出す。
 あれがさらに大きい規模で発生するかと思うと、かなり激しい拒否反応が起こる。

「小椋さん、ちょっといいですか……?」

 そんな話をしていると、門真が真っ青な顔で言ってくる。

「これ、社長ですよね……?」

 門真はスマホ画面を文見に見せる。久世も覗き込む。
 そこにはひしゃげた高そうな赤い車。その横には黒いスーツを着た男性。
 その車は見覚えがあった。この秋葉原で見たものだ。

「事故?」
「たぶん。今、SNSに上がってたんですが、やっぱ社長ですよね……」

 写真が不鮮明で顔は識別できないが、外見はよく社長に似ていた。
 門真がスマホを操作すると別の写真になり、転倒した白いワンボックスカーが写っている。それは側面が大きく凹んでいた。

「どうやら隣町の交差点っぽいですね。信号無視らしいんですが、飲酒運転、居眠り運転って話も出ていて……」

 これには絶句してしまう。
 昨今、飲酒運転は大きな社会的な問題になっていて厳罰化されたばかりだ。それを自分の会社の社長がやったとなれば、どれだけ大きな話題になるか。
 あおり運転でモザイクのかかった人が意味不明なことを叫んでいるニュースを何度も見たことがあり、それが頭によぎる。
 そのSNSでは、モザイクなしで顔が出てしまっているのは非常にまずい。今の時代、すぐに顔が調べられて誰が事故を起こしたのかバレてしまう。
 それが報道に知られたら、社名を出して全国に放送されるかもしれなかった。

「やばい……」
「まずいな……」
「どうしよう……」

 文見たちはそれしか言えなかった。
 この一年で何度も、社内におけるバッドニュースを聞いてきたが、これを越えるニュースは一生で何回もないだろう。
 社長が起こしたことは社員がどうすることもできなかった。
 今日、社長はコラボ先と話をしてから出社する予定になっていた。しかし、もうその時間を過ぎている。
 待てども待てども、連絡すらなかった。

「今日は早く帰ってください」

 しばらくすると村野が全社員の前で言った。
 どうして早く帰らないといけないかは説明がない。だが社員も空気を察して、その理由を聞くことができなかった。
 何も言わないということは、そういうことなのである。
 文見は久世と木津と一緒に会社を出た。

「大丈夫なのかな……」
「ダメでしょ」

 即答したのは木津。

「どう考えても事故ったのは社長だし。寝不足で赤信号無視して突っ込んだに決まってる」
「なんかの間違いがあるかもしれないじゃない」
「あったら、間違いだって社長が言ってるわ」

 まさにその通りである。
 交通事故を起こした疑いがかけられ、無実であるのならば、社長が出社して皆の前で言うはずだ。
 会社に来ていないのは、警察に逮捕されているからに違いない。

「俺たちが考えても仕方ない。同期で、ささやかな打ち上げでもしようぜ!」

 久世が言う。
 「ヒロイックリメインズ」は無事にリリースされたが、会社としてプロジェクトとして売り上げをしていなかった。リリースに間に合わせるために、実装を諦めたものも多く、これからのアップデートに備えて忙しかったからだ。
 久世の言う通り、自分たちにやれることはなかったので、三人はいつもの居酒屋に行った。
 何とかリリースできたものの、社長の思いつきのせいでこの一年苦しめられたので、案の定、社長への文句大会になっていた。

「あ、これマジでまずいかも」

 スマホをいじっていた木津が言う。

「なになにどうしたの?」

 だいぶお酒を飲んでいるので、文見は面白がって木津のスマホをのぞき込む。
 それは動画だった。
 どうやらドライブレコーダーの映像で、交通事故の前後を映したもののようだ。

「えっ……あっ……」

 酔いが一気に冷めるのが自分でもよく分かった。
 それは社長が起こした事故映像で間違いない。

「これ、出回ってるの?」
「取り返し付かないレベルでね」
「なに? 俺にも見せてよ!」

 久世が木津の横に来て、三人してスマホの動画を注視する。
 信号が青になり、撮影者の車が前の車に続いて前進する。そのとき、横から信号無視をしたと思われる赤い車が飛び出してくる。すごい音がして、前の車が文字通りに吹っ飛ばされて、画面外に消えていった。

「えぐっ……」

 赤い車からスーツの男が出てくる。車が飛んでいったほうに走りよって、何か言っているようだった。
 高そうなスーツ、いつも社長が外で仕事をするときにつけている赤いネクタイだった。

「絶対、社長だ……。これ、音声ないの?」
「ないけど、投稿者によると『何飛び出してんだよ! 信号見てんのか!』って叫んでたって」
「ちょっ……」

 明らかに悪いと思われるほうが暴言を吐いている、という構図だった。

「なんでそんな犯罪者みたいなこと言うんだろ……。あの社長が? 信じられない」
「プライドが高いからでしょ? 誰にも怒られたことがないから、すぐ顔真っ赤になるのよ」
「うーん……。考えられなくもないけど……」
「あっ、やばっ」

 木津はその動画が投稿されたSNSを操作していたが、新しい返信が追加されていた。

「『そのドライバー、ノベルティアイテムの天ヶ瀬社長じゃね?』だって……」

 それには「ヒロイックリメインズ」でインタビューを受けていた天ヶ瀬の写真が添付されている。
 三人は完全に言葉を失ってしまう。
 お互い顔を見合わせて何か言おうとするが、すぐにやめてしまう。言ったところでどうにもならないという結果が見えているからだ。
 それぞれそ情報が正しいのかスマホで調べ始める。というより、もっとひどいことになっていないか、怖いもの見たさで調べてしまう。

「あー……やばい。やばいしか言えないけどやばい……」

 久世がのけぞりながら言う。

「どうしたの?」
「『ヒロクリ』と『エンゲジ』の☆すげー下がってる」
「うわっ……。『社長が犯罪者』『人殺しのゲーム』って……。あれ、この事故ってどうなったの? 被害者の方は?」

 文見の問いに木津が答える。

「警察の発表によると、奇跡的に命に別状はないみたいよ。幸い、社長は人殺しじゃないわね」
「言わないで! 社長と決まったわけじゃないし!」
「どう見ても社長だし、それに世の中は社長がやったってことにしてるわ。もう確定ね」
「おいおい。もっとやべえぞ!!」

 久世がスマホを見ながら叫ぶ。

「Googleマップ、会社の評価欄にも書き込まれてる! 『社長が人を殺す会社』って。他にもどんどん増えていってる!」

 文見も木津も顔が青ざめていく。
 誰もGoogleマップの評価欄を見ないと思うが、最悪の場合、出社時に暴言を吐かれたり、嫌がらせをされたりするかもしれないと思ったのだ。
 そしてそれが半永久的に残り続けると思うと恐怖だった。
 昔は建物の壁にスプレーで暴言を書き付けたのだろうが、今は誰でもネットでこうして簡単に書き込むことができてしまう。

 翌日、村野から正式な通達があった。
 社長は交通事故を起こして逮捕されたが、相手が軽傷ということもあり、すぐに釈放された。居眠り運転が原因で、飲酒の事実はない。しばらくは出社しない。下手すれば家宅捜索を受ける可能性がある。社外への発表は顧問弁護士と相談してから行うため、誰も社員として一切発言しないこと。
 といった内容が社内チャットで共有される。

「家宅捜索されたらどうしましょう……」

 暗い顔をした門真が言う。

「別にやましいものないでしょ」
「そうですけど、それじゃ我々も犯罪者みたいじゃないですか」

 犯罪者という単語がぐさっと刺さる。
 確かに警察がオフィスにやってきて、書類をあさったり、パソコンを持っていったりする様子を思い浮かべると、恐ろしくて仕方ない。
 別に自分は何も悪くないが、悪い組織に所属している感じが出てしまう。

「会社潰れるかもね」
「そういうこと言わないで!」

 反対側隣にいる木津がぼそっと不吉なことをつぶやくので、文見は本気のツッコミを入れる。

「なら、黙って仕事しなさい。他にやれることないんだから」
「そうだけどさ……」

 ゲームの売り上げはだいぶ下がっていた。
 叩けるものは叩いてやろうという精神だ。「ヒロイックリメインズ」では粗探しが始まって、悪いところ、ダメなところ、バグなどが列挙されていき、☆がどんどん1に近づいていった。
 それに対して文見たちができることは、よりよい商品になるよう取り組んでいくしかなかった。
 もともと不具合や未実装の多いゲームだったが、そんなところで不当な評価を受けなければいけないのはつらかった。
 文見はスクリプトを打っていたが、自然と目から涙が溢れてくるので困った。

 社長が出社したのは交通事故から三ヶ月後のことだった。
 それまでは右腕の村野が切り盛りし、「ヒロイックリメインズ」は新キャラのガチャや新イベント実装を行い、何とかセールスランキング200位前後の売り上げを維持していた。今の運営規模からするとギリギリのラインである。
 スマホゲームの収益のほとんどはガチャだ。ガチャは熱狂的な状況を作り出すことで、多くの人が通常ではあり得ない課金する。だがその熱が冷めてしまえばどうでもよくなってしまう。
 「ヒロイックリメインズ」は信用を失って、いずれ潰れてしまうかもしれないと思われるようになった。ゲームがサービス終了すると、せっかくガチャで手に入れたキャラや武器も、ただのデータとして消える運命になってしまう。これではもうガチャを引こうなんて思わない。
 ガチャ上の楼閣は崩れようとしていた。
 社長からは交通事故のあらましと謝罪があった。内容は報道やSNSに出回っていることがだいたい事実であるという。これからは誠心誠意取り組んでいくことで信頼を取り戻していく、と締めたが、これまで音沙汰なかったことで社員の間には不信感が募っていた。

「小椋、ちょっといい?」

 いつものように文見の席に久世が来ていた。

「また噂話? 聞き飽きたよ」
「それが今回いつも以上にやべえんだよ」
「はあ……。そういうの好きだね」

 と言いつつも文見も噂話が好きだったので席を立ち、オフィスの外に出た。
 秋葉原もうだいぶ寒くなっていた。

「聞いて驚くなよ」
「あんなことあったんだから、もう何が起きても驚かないよ」
「そうか? それなら安心だ。いくぞ! 聞いて驚くな! ノベが買収されるんだって!!」
「……は? 買収?」

 思いも寄らぬ単語にぽかんとしてしまう。

「買収ってどういうこと?」
「ゲーム部門ごと、他の会社に売ってしまうんだってよ」
「うん? よく分からないんだけど……」
「あのなあ……。簡単に言うぞ。経営が悪くなかったから、会社を売り払うことになったんだよ!」
「えええっーーー!?」

 驚かないとは言ったが今年一番の絶叫してしまった。

「え? あたしたちクビなの?」
「それは大丈夫だ。どうやらチームごと売り払うらしい。俺たちはそのまま他の会社に移籍だってよ」
「そうなんだ?」

 あまりにも大きな変化に文見の理解は追いつかなかった。

「会社は変わっちゃうけれど、俺たちのやることは変わらないってことだな」
「それならいいのかな? どこの会社になるの?」
「よく聞いてくれた。聞いて驚け! ヘキサゲームス!」
「ヘキサ!? 超大手じゃん!」

 ヘキサゲームスは国内最大クラスのゲーム会社である。
 文見が好きな「ドラスティックファンタジー」もヘキサゲームスの主力製品である。
 不穏な話だったが急に嬉しくなる。

「ふーん、ヘキサかあ。ふーん」
「顔にやけすぎ」
「だってヘキサだよ。みんなの憧れの会社じゃん」
「まあな。日本人なら誰でも知ってる会社だし、一部上場企業だしな!」

 ベンチャーから一部上場企業。その響きは悪くないように思えた。

「買収って、やっぱ社長の事故が響いてるの?」
「ああ、会社のイメージがかなり悪くなって売り上げ下がってるからな。社長としては、自分の作ったゲームがそんなところでケチつけられるのが許せないらしい」
「それは分かるなあ。でも、売っちゃっていいの?」
「お金が大切に決まってるでしょ」

 急に木津が現れて言う。

「観月!? どうしてここに」
「二人が仲良さそうに出て行くのを見かけてね」
「仲良くないって!」
「それはいいとして、社長はヘキサに部門の切り売りを誘われて、これ以上『エンゲジ』の価値が落ちないうちに売ろうと思ったわけよ。このまま自分がプロデューサーとして開発を続けても悪影響と分かってね」
「転売みたいな? 結局、金儲けってこと?」
「当たり前でしょ、人間なんだから」

 確かに人間ならばお金は欲しいが、それで自分の作ったゲームをよそに売ってしまえるのかは分からなかった。

「ヘキサにしても、ノベはいらないけど、『エンゲジ』は成長性あると見て欲しくなったんだろうな。開発者ごとゲットできるならコストも抑えられるし、運営移管もスムーズだしな」

 と久世が補足する。

「なるほどねえ。部門ごと移れば、あたしたちも楽だし、会社としても楽なんだなー」
「そういうこと。みんな社長に不満あったし、これでよかったんじゃないか? 小椋もだいぶ苦しめられていただろ?」
「そうだけど、どうだろうなあ。社長に恨みがあるわけじゃないし。ちょっと可哀想な気もする。自分が作った会社失っちゃうんだよね……」

 脱サラしてまで作ったゲームが大ヒット。順調に会社を大きくしてきたが、交通事故を起こしたため、ゲーム部門を売却。
 苦労して積み上げてきたものがそんなところで崩れてしまうというのは、むなしい感じがする。

「馬鹿言わないでよ」

 木津が呆れた口調で言う。

「社長が失った? 社長の一人勝ちよ。自分のゲームが一番高いときに売り払ったんだから。これ以上においしいビジネスがある? 別に育てた子供を失ったなんて思ってないわ。社長が元証券マンだということを忘れちゃいけないわ」
「そっか、プロなんだよね……」
「被害者は私たちよ。社長が車通勤なんてするから事故が起きて、ゲームの評価はがた落ち。その上、もうお前たちは不要だと、切り捨てられるんだから」

 文見にも木津の言うことがもっともに思えた。

「だから社長を気遣う必要なんかないの。もともと身分が違うし、ゲームを売ってさらに私たちの給料の何百倍だか分からない金持ちになったのよ」
「うん……」

 急に悔しい気持ちになってきた。
 この一年ずっと社長に振り回されていた。このまま引き続き仕事ができるとはいえ、職場や環境が変わり、引っ越しにもなるかもしれないのだ。

「会社が変わるとき、馬鹿野郎と言ってやらないとな」
「おうおう! みんなで言ってやろうぜ! 天ヶ瀬の馬鹿野郎!!」
「今言うの!?」

 本当の不幸を文見はまだ知らなかった。

第14話
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(第1話)


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