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「ガチャ上の楼閣」第11話

「うわっ、小椋ひどい顔じゃん」
「久世もたいがいだよ……」

 納品された音声データをすぐに組み込むための仕組みをプログラマーに依頼することになり、その担当は同期の久世に任されていた。
 文見も寝不足が続いていたが、久世もだいぶ疲れているようで、前に飲みに行ったときよりも痩せているように見える。

「まあ、こうして掛け持ちなわけで」
「『エンゲジ』大丈夫なの? イベントで炎上してたじゃん」
「新仕様いれないなら俺の出番ないな。社長はもう割り切って、しばらくシステム自体は流用でいくんだと」
「へえ、それでいいんだ?」
「批判はあったけど、なんだかんだでユーザーは戻ってきてくれたからな。売り上げもそこまで影響出てない」
「ならいいんだけど」

 「エンゲージケージ」はノベルティアイテムの貴重な収入源。少しの炎上でだいぶ売り上げが下がってしまう。その上下の幅は大きく、ユーザーが課金したいかの気分次第。
 「ヒロイックリメインズ」で大勢の人数を雇えるのも、「エンゲージケージ」の売り上げがあるからで、「エンゲージケージ」がダメになっては困るのだ。

「それで、音声に合わせて自動で口パクさせたいんだっけ?」
「そうそう、リップシンクってやつ。音声が納品されたらゆっくり調整しようと思ったんだけど、今回はかなりぎりぎりになりそう。自動で合わせてくれたりしないかな?」
「リップシンクやめたら? 『エンゲジ』はやってないし」
「いやあ、それも社長には言ったんだけど、今時のゲームじゃないからって……」
「おいおい、スケジュール見てるのか……?」

 これも社長が現場を理解してくれない案件である。
 志高く、ゲーム内容をリッチにしたいのは分かるが、それを許してくれる時間的な余裕がなかった。
 静止画のキャライラストにセリフメッセージをつけただけではしょぼくて、よく紙芝居と揶揄される。ヒロイックリメインズではそれより進化していて、汎用的なモーションをつけた3Dモデルキャラに、セリフメッセージをつけ、そこに音声も載せる形になる。
 だが口が閉じている状態で音声を流しても違和感がある。音声が流れているときに適当に口をパクパクさせるのは簡単だが、人間は口の動きを見て、なんとしゃべっているのか補って認識するので、できれば自然な口の形をしているほうがスムーズなのだ。

「なんとかなりそう?」
「たぶんな。いいミドルウェアがあるから試してみるわ。ライセンス料かかるだろうけど、それはいいんだよな?」
「うん。いい意味でも悪い意味でも、ちゃんと動いてれば文句言われない」
「ははは。お金があるのはいいことだな」

 ここでもケチれと言われたらたまったものじゃない。ガチャマネー、さまさまである。

「できるだけ楽できるようにしてみるわ」
「よかった、久世が担当で」
「今度なんかおごれよ」
「いや、これ、仕事だから!」
「冗談だってー」

 余計な仕事を増やして申し訳ないと思うが、文見はプログラム知識がまったくないので、こういった仕事は他人を頼るしかない。
 今はみんな死にかけた顔をしているので、相手が同期だから頼みやすくて非常に助かった。

「……にしても、ぱーっと遊びにいきたいもんだな」
「うん……。リリースされたら長期休暇とって、みんなで遊びにいきたいね」
「海か? 海だな!? ああ、そりゃ楽しみだ! 木津はどんな水着なんだろー!」
「あたしは興味なしかい!」
「ぺったんこは専門外なんで!」
「死ねっ!」

 泣いても笑ってもあと二ヶ月。死ぬ気でやるしかない。

 6月末、ようやく音声収録を開始することができた。
 禁じ手を使ったことはバレなかったし、問題も起きなかった。社長も多忙で、そんなこといちいち気にしていられないのかもしれない。
 ぎりぎり音声収録が開始されるよりも、契約書の締結が先になったのだ。そのおかげで、形式上はちゃんと契約してから音声収録を行ったということになっている。
 法律的には口約束も契約になるため問題はない。だが、文見が会社のプロセスを無視しているので、トラブルの原因にはなり得た。
 早く契約書が成立しろと毎日祈っていたため、文見のお腹はストレスで緩くなってしまった。ストレスを感じるとすぐにお腹が鳴る。
 こうして文見は門真を引き連れ、収録に臨んだ。
 二人ともはじめてのことなのでかなり浮かれていて、失敗の連続だった。

「いやぁ、さすがベテラン声優さん! すごいですね! 完璧ですよ!」
「今、セリフ間違ってましたけど、大丈夫ですか?」

 文見が演技に感動していると、音響監督のツッコミを受ける。

「え、違ってました?」
「『ここであったが百年目、引導を渡してくれる』のところ、『印籠を渡す』になってましたよ」
「えっ!?」

 脚本と音声が一字一句間違っていないのか確認するのが、音声収録に立ち会うスタッフの最低限の仕事である。
 その上で、声優の演技がシチュエーションに合っているかを確認し、間違っている場合は音響監督経由で演技を直してもらう。

「小椋さんしっかりしてくださいよ」
「門真くんだって、女性声優のとき、何も聞いてなかったじゃない」
「聞いてましたよ。何度も頭の中で反芻してたから、何も言わなかっただけです」

 そんな調子でメインキャラの声優を次々に収録していった。
 ただ声優の演技を聞いているだけで簡単に思えるが、スタジオに一日中缶詰になるため、かなりしんどい仕事である。
 ちゃんとセリフが合っているか、演技が合っているかを集中して聞いているのは疲れるし、肩も腰も凝ってしまうのだ。
 しかも文見はシナリオリーダーなので、収録後に会社に戻って、組み上がった会話イベントがちゃんとなっているかを確認して、スクリプターに指示を出さないといけなかった。
 そして翌日の脚本チェックをしなければいけない。家に戻る時間はないので、会社の仮眠室を利用して、翌朝スタジオに出かけていくのである。
 ある日の深夜、文見は奇声を上げる。

「んおっ!? どういうことっ!?」
「びっくりするじゃないですか。どうしたんです?」
「ちょっと! 脚本変わってるんだけど!」

 文見は印刷された脚本を読み込んでいたが、文見が以前に書いたものと内容が違っていたのだ。

「ああ、直しておきましたよ」
「直したじゃないよ! なんで急に書き換えたの!?」
「ダメでした?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「でも、話があんまりよくなかったので直したほうがいいかなと」

 「こいつ、またやりやがった」と文見は思った。

「あのねえ……。もうシナリオは完成してるし、直していい時期じゃないの。ころころ変えられたら、他のパートも迷惑だよ」
「いやあ、それだけはちょっと……」

 門真はあまり悪びれていない様子だった。

「昔の資料読ませてもらったけど、小椋さん、『リメインズエナジー』について書いてましたよね」
「没になったやつね、分かりにくいからって」
「やっぱリメインズエナジーの概念を入れたほうが深いと思うんですよ。なので入れさせてもらいました」

 門真は自慢げに笑う。
 何と言い返せばいいのか分からず、文見は口をぱくぱくさせる。
 急な脚本書き換えは絶対にやってはいけないことだ。しかもリメインズエナジーは没になっていて、話の根幹にも関わるからだいぶ修正が多くなる。

「でももう収録始まってるし、さらに直すなんてできないですよね。いやあ仕方ないなあ。このまま行くしかないですなあ」

 門真がこのようなおどけ方をするのは見たことがなかった。

「……あたしのため?」
「え?」
「没になったけど……なんとかあとで組み込めないかと、未練がましく小さく『旧設定』と書いて残してあったのを見たんでしょ?」

 文見はリメインズエナジーの話を入れたいと社長に何度も主張したが却下された。そのときはまだ気力があったので、反骨心でそんなことしていた。すでに忘れていたが、今思えば恥ずかしい話である

「なに言ってるんですか。『別にあんたのためなんかじゃないんだからね』!」
「へ?」
「俺がいいと思ったから入れたんです。うぬぼれないでください」

 門真はできもしないウインクをしてみせる。

「門真くん……」

 誰にも断りを入れない脚本の修正など禁じ手すぎる。たとえば知らない間に修正され、えっちなセリフになっていたとしたら、現場で大混乱だ。
 けれど今日のことで怒れないと文見は思った。

「次は直すときはちゃんと言ってね」
「はい!」

 一難去ってまた一難、今度こそ万策尽きた。
 これまで文見たちはできる限りのことをしてきたが、もはや手を打てない事態になる。
 始めから懸念していたが、すべての音声データがリリース日に間に合わないことが確定したのだ。
 文見が禁じ手を使ったこともあり、収録を早めることができたのだが、まだ収録日すら決まっていないキャラが何人もいた。
 文見はこれが判明したとき、何か打てる手はないかといろいろ思考したが、「ないものはない」という状況でどうしようもなかった。
 トラブルが起きたのを黙っているわけにはいかないので社長に報告する。
 ちょうど社長は出社していた。

「すみません、一部のキャラは音声データの納品が間に合わないようです……」
「間に合わないって……」

 どうするつもりだよ!
 と怒鳴りたいのだろうが、社長は押し黙る。
 明らかに怒っていたが、上司として社長としてそれを表に出さないようにしていた。

「申し訳ありません……」

 こういう事態になることは何度も報告していたが、社長は気に懸けてくれず、ここまで来ている。理不尽と思いながらも、文見は謝ることしかできなかった。
 リリース延期になったりしませんか? と文見は聞きたい気持ちでいっぱいだった。
 他パートもかなり遅れていて、7月27日リリースは絶望的と聞いていた。
 だが失敗している人間が言っていいことではない。

「ちょっと会議室いこう」

 内容が内容なため、天ヶ瀬は会議室に誘う。
 文見には、会議室が懺悔室か懲罰部屋にしか思えない。拒否などできるわけもないので、死刑囚の気分でとぼとぼと歩き出す。

「社長、スケジュールなんですが」

 そこにメインプログラマーの八幡が声を掛けてきた。

「あとでいいかな」
「いえ、その件です」

 どうやら八幡は助け船を出してくれるようだった。

「メインキャラだけリリース時に音声を入れて、それ以外はいったん全部入れない。全音声が撮り終わり、リリースしばらくしてから、サブキャラ音声を組み込むのはどうでしょう?」
「撮った音声を使わないと?」
「はい。音声あるなしで差が出ると違和感がありますが、それがメインとサブで完全に分けてしまえば、ユーザーはそういうものだと思ってくれます。また、あとでサブキャラも全部音声が入るならば、それはアップデート内容として喜ばしいものと思ってくれるはずです」
「なるほどな……」

 天ヶ瀬は顎に手を当ててうなずく。

「ベストではないが、背に腹は代えられないか……。それでどうだ、小椋?」
「はい! それならいけます! メインキャラは全部データそろうと思います!」
「そうか。じゃあ、それでいこう。八幡、あとは頼む」

 天ヶ瀬はそう言うと社長席に戻っていく。

「八幡さん、ありがとうございます!」
「無理なのは聞いていたからな」
「そうなんですよね……」

 音声収録を早くやらないと音声データが間に合わない、というのは、社長やプロジェクトメンバー全員に共有されている。
 どのパートも互いにそういう事態になっていたので、理解もできるし、他のパートのせいでリリース延期になればいいのにと思っていた。
 メインプログラマーの八幡は全パートを束ねるポジションになるので、自分の仕事だけを守ろうとするのではなく、どこのパートのこともよく気遣ってくれる。

「それで本当に大丈夫か? メインキャラの声優は予定取れないと言ったが」
「はい、スケジュールは押さえてます。データもすぐ納品してもらえるようにするので、マスターのときには間に合います」
「よし。それじゃこっちは音声をあとから追加しやすいようにしとく。メインキャラとガチャキャラだけ音声ありで、あとはなしだな」
「はい! お願いします!」

 八幡は簡単に言ってみせるが、この時期にやるようなことではなかった。
 音声に合わせて3Dモデルの口を動かすシステムになっているため、そこで音声がないと機能しなくなってしまう。完成したものをそのまま出すならいいのだが、中途半端なものを出すのは逆に大変なのである。
 組み込みをチェックする人も、どのキャラの音声あるのが正しく、なくても構わないのか、判別できなくて困ってしまう。そこでバグレポートが上がると、さらに混乱が広がってしまうのだ。

「八幡さん、ほんとすごい人だな」

 自分もいつかあのぐらい頼りになる人になりたい、と文見は思う。
 でも配慮も知識も技術も、人生経験もまだまだ足りない。

「あたしも頑張らないと」

第12話
第10話
(第1話)


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