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「ガチャ上の楼閣」第10話

「あの『エンゲジ』チームが送る最新作RPG『ヒロイックリメインズ』! 全国の名所とともに日本を救え!」

 4月1日、「ヒロイックリメインズ」が発表になった。
 様々なメディアを通して、ゲームのロゴやメインビジュアル、キャラのイラスト、オープニングの切り出し映像が公開された。
 ちょうど公開日がエイプリルフールだったせいで、「ウソではありません」といちいちコメントをつけないといけなくなった。だが、エイプリフールネタにしてはお金のかかった発表だったので、それが逆に話題になった。
 広報的には成功を収めたといえ、SNSで何度もトレンド入りした。
 「エンゲージケージ」で一回新規イベントを落とすという失態があったが今も好調なこともあり、その会社の作った新作ということで、各所からの期待も大きかった。
 文見たちノベルティアイテムの社員は、ようやくここまで漕ぎ着けたと胸を撫で下ろすことができた。
 これで家族や友達に「ヒロイックリメインズ」に関わっているんだと自慢できる。
 しかし「ヒロイックリメインズ」の開発は順調とは決して言えなかった。
 まず、社員としてはあの発表がエイプリルフールネタであって欲しかった。
 もともと12月リリース予定だったのだが、その発表では7月リリースと書かれていた。皆、寝耳に水であった。
 社長曰く、「各自治体、観光協会などとコラボするために夏休み前にリリース必要があった」とのこと。
 社長も12月リリースを考えていたが、ゲーム関連メディアや広告代理店と話していて、もっと早くリリースすべきという結論に至ったようだ。社員にそれを伝えなかったのは、決めたのも発表ぎりぎりで伝える時間がなかったという。
 こうしてプロジェクトは大規模なスケジュール変更、短縮を求められた。

「無理ですよ! 半年ですよ? 縮められるわけがありません!」

 阿鼻叫喚だった。
 当然どのパートも社長に文句を言った。
 今回だけは、相手が社長だからと遠慮してはいられない。終わらないものは終わらないのだ。

「今、新プロジェクト発表と同時に大規模な人材募集をかけてるから、新たなメンバーと共に頑張ってほしい」

 と社長は返答した。
 確かにいろんなところに求人広告が出ていた。「ノベルティアイテム、新規タイトル『ヒロイックリメインズ』メンバー募集!」といった文言をSNSなどのサイトで見ることができた。
 社長に「人が増えるのだからなんとかしてほしい」と頼まれたら、リーダーたちも引き下がるしかない。増員されたメンバーでどのように進めていくかを考えるのが仕事なのである。
 幸い「エンゲージケージ」は好調で、金銭面で人を雇えないということはない。実際、そのブランド効果もあって、応募もけっこうな数が来ているらしい。また、この4月に新入社員が10人も入社していて、ノベルティの順調さを示すものだった。
 しかし、社員はこれまでのこともあって、だいぶ疲弊していた。
 「エンゲージケージ」と「ヒロイックリメインズ」を兼任している久世はいつも死んだような顔をしていたし、木津は「ヒロイックリメインズ」の作業を切りあげ、「エンゲージケージ」チームに戻っていた。

 忙しいことは人間にとって必ずしもいいことではなく、「エンゲージケージ」チームに不幸なことが訪れる。
 ついに会社をやめる人が現れたのだ。
 先輩社員が文見の席に退社の挨拶に来ていた。
 入社時にOJTでいろいろと世話をしてくれた人で、文見がこうして立派に独り立ちして仕事ができるのも、彼のおかげである。

「高山さん、ほんとにやめちゃうんですか……?」
「こんな時期にすまんね。親父が田舎で小さいお店やってて、手伝うことになったんだ」
「ご実家に戻られるんですね」
「ほんとは最後まで見届けたかったんだけどな……」

 実家に戻ることだけが退社の理由でないことは、みんな知っていた。
 高山は「ヒロイックリメインズ」の戦闘班だったが、生駒とたびたび衝突し、精神を病んでしまったのか、この二ヶ月、会社を休んでいたのだ。
 仕事への復帰が難しいのか、この会社に愛想を尽かしてしまったのかは分からないが、早々に退社を決めてしまった。

「シナリオ、期待してるよ。リリースされたらやるわ」
「ほんとですか!? ありがとうございます!」

 社交辞令かもしれないが、お世話になった先輩に言ってもらえて文見は嬉しかった。
 でも同時に悲しさを感じる。この先輩と何年も何十年も一緒に仕事をすると思っていたのに、数年の付き合いになってしまった。

「体には気を付けてな。あと心は若いとか全然関係なく、急に来るから」 

 高山はあっさり言ってのけたが、それは重い言葉だった。
 この仕事でのストレスは文見も重々承知している。
 同業他社で、ブラックな体質に押し潰されて休職した人の話をたくさん聞いたことがある。ノベルティアイテムはほとんど中途社員で構成されているので、以前は別の会社にいた人ばかり。ブラックな体験エピソードには事欠かない。
 何人社員を潰したかを勲章して自慢する人がいる、と聞いたときには耳を疑ったものである。
 一人離脱したという事実は社員の心に動揺を与えていたのだろう。また一人また一人と社員がやめていった。
 気付けばプロジェクトメンバーの半分が新しい顔になっている。
 シナリオ班にもヘルプが二人追加されていた。派遣社員だったが、ゲーム会社で働いた経験はないという。

「小椋さん、仕事間に合うんですかね……」

 会議室でシナリオ班のミーティングをしていたが、退出際に門真がつぶやいた。
 言わんとすることは分かる。
 シナリオ班に人が増えたのはいいが、物量が多すぎて納期までに作り切れそうになかったのだ。
 しかも追加メンバーにスクリプター経験者を期待したのだが、配属されたのは完全な素人。仕事をゼロから教えてないといけないので、どうしても自分の手が止まってしまい、効率が出なかった。

「厳しいけどなんとかなるよ」

 自分は気休めしか言えないが、二年目社員となった門真はものすごく頼もしく感じる。こうして嘆いてはいるが、ノルマを終わらせようと毎日頑張っていた。

「リリースまでに必要な量は絞ったし、この人数なら計算上は終わる。6月末には一通り作りきりたいね。でもかなり厳しいから、もう一人入れてもらえないか、社長に打診してみるよ」
「お願いします。ちょっと不安で……」
「うん、何とかする」

 そうは言ったものの、人数を増やす以外の手段が思いつかなかった。
 社長は文見の主張を受け入れ、すぐに新たな人材を手配してくれた。この柔軟性と即決力は、会社として上司としてとても頼もしいことだった。
 だが文見も不安で仕方がなかった。
 この状況はよく知っていたからだ。
 去年、同期の佐々里が愚痴っていた。
 ガチャの収益で会社のお金は潤沢にあるので、たくさん人を雇い入れる。だがその人材を有効活用できるかは別の話なのだ。活かせなければやめていき、人材がさらに流出していくことになる。
 当の佐々里は転職活動が難航していて、まだ同じ会社にいるようだった。さすがに一度転職しているため、慎重になっているという。

 トラブルはすぐに起きた。
 「エンゲージケージ」の新イベントが不評で炎上してしまったのだ。
 新たに追加になったイベントは一見新作に見えるが、その中身は過去イベントの流用でできていた。
 「エンゲージケージ」のイベントは凝っていて、進め方やポイントの稼ぎ方を毎回少しずつ変えるのが売りだった。しかし、「ヒロイックリメインズ」を手伝っていて余裕がないので、同じシステムを流用して、シナリオだけ新規で入れることにした。
 だがユーザーにはそれが許せない手抜きに思えたようだ。
 しかし、業界的にはそれくらいは普通のことで、文句を言われる筋合いはない内容である。
 文見は門真に批判コメントを見せてもらった。
 
「最近『エンゲジ』のイベント、レベル低くね?」
「新しいゲーム開発に人取られて、『エンゲジ』に誰もいないんじゃ?」
「ありそう。明らかに手抜きだよね」
「バグもあったしな」
「このままサ終?」
「しばらく様子見たほうがいいね」
「いますぐ『ヒロクリ』の開発やめろ!」
「俺たちの『エンゲジ』を返せ!」

 といった具合である。
 身内からすると、かなり身勝手な内容に見える。こちらは精一杯頑張っているのだ。

「セルラン下がってる……」
「『ヒロクリ』も期待度かなり下がってますよ……。やばいです」
「品質下げないように頑張らないだね……。その前にリリースできるよう死守しないと……」

 「ヒロイックリメインズ」はゲームとして形になってきている。
 キャラのモデルも完成し、ゲーム中で派手に動き回っている。シナリオも前半部分は完璧に入っているので、普通に新作ゲームとして楽しむことができた。
 ただ、まともに動くの序盤だけで、全体的には完成度が低く、不具合だらけで進行不能な部分ばかり。これが7月にリリースできるとは誰も信じていなかった。

「このままじゃ中国系のゲームにひき殺されますね」
「中国系?」
「セルラン見てないんですか?」
「え、見てるけど中国のゲームなんてあった?」
「上から5つ、全部中国製ですよ」
「え? これ日本製じゃないの?」

 中国製のゲームというと、よくSNSの広告に出てくるような低品質なゲームが思いつく。
 非常に面白そうなゲーム性に見えて、実際ダウンロードしてみるとまったく別のゲームだったりする。ピンを抜いてお姫様を助けるゲーム、大勢のゾンビを倒していくゲームなどのバリエーションがある。広告詐欺などと言われるもので、まっとうなゲームとは思えないジャンルだ。

「絵も日本っぽいし、テレビゲームみたいにボリュームすごいって聞いたけど」
「それが今の中国のゲームなんです。日本市場をよく研究していて、日本人好みのキャラやシナリオが入ってます」
「そうだったんだ……」

 そこには文見が去年、研究のためにプレイしたゲームもあった。
 どう見ても日本の大きな会社が作ったような品質で、日本製だとまったく疑わなかった。

「今や物量じゃ中国には勝てないですよ」
「日本のスマホゲー市場は、日本メーカーの独壇場じゃないのね……」

 漫画やアニメと同様、ゲームも日本が一流、という時代は変わりつつあるようだ。

「『ヒロクリ』も相当頑張らないと売れませんよ」
「そんなこと言わないでよー」
「よくスマホゲーの売り上げは広告費に比例すると言いますが、それに関しては社長が頑張ってるので、何とかなるかもしれませんね。そこは分かってやってるかもしれません」
「なるほどねえ」

 自分のほうが二年先輩だが、スマホゲー知識は門真のほうが遙かに上のようだ。
 門真は社長を評価していたが、各地の名所が登場するゲームなので、社長は地方の組織や団体とコラボ、タイアップするために各地を飛び回っていた。
 成立したものは次々に発表になり、かなり本気なゲームということは世に示すことができている。
 会社にいることはほとんどなく、メールや電話でやりとりしていた。泊まっているホテルからテレビ会議というのも定番になっている。
 しかしそれでも社長が決裁しないといけないことは多いので、ゲーム完成に向けてのチェック関連は滞っていた。会社の庶務くらいは右腕の村野が代理で受けてくれればいいのにと思うが、村野は淡々とプログラマーとしての仕事を果たすだけだ。
 シナリオ班でも、音声関連の作業が完全にストップしていた。
 
「やばい、やばすぎる……。返事来ない、終わる……」

 文見はメール受信画面を見て、思わず片言の独り言が出ていた。
 社長が声優事務所とのやりとりをしていたが、社長が忙しかったので文見が引き継いでいた。けれど社長に予算見積もりと日程に関して何度もメールしているのだが、もう一週間音沙汰がなかった。

「どうしたんですか?」

 またですか、という感じで門真がつっこんでくれる。

「そろそろ音声撮らない終わる。というより、もう間に合うか分からない……」
「音声収録ですか? 俺、いきたいです!」
「いきたいのは分かるんだけど、やれるのかも分からない……。このままだと音声なしかも」
「えっ! ダメですよ! 音声がないとか今時のゲームじゃないです!」
「そうなんだけど。社長がスケジュールと予算について何も返答くれないんだよー!」

 リリース予定の7月27日まで、残り二ヶ月。
 音声収録して、整音して、リネームして、ゲームに組み込んで、実機確認して……。文見は未経験なので、先任の井出に聞いたが最低でも二ヶ月はかかると言われた。
 声優事務所からも、一日で収録できる量は決まっていて、完全に新規の収録のため、どんなキャラなのか声優とすりあわせる時間もかかると言われている。
 また、有名声優はスケジュールが取れないので、早めに契約とスケジュールを確定してくれないと、下手すると発売まで収録できないと脅されていた。

「どうするんですか……。これで音声なかったら大変ですよ。戦犯ですよ」
「うっ……」

 門真は声優ファンなので、この件については厳しく追及してくる。
 「戦犯」という言葉はかなりきつい。各パートのリーダーはそれぞれに責任を負っているが、このままでは自分がゲームに対して、多大なマイナスを与えてしまう。

「電話してみる……」
「そうしてください」

 文見は電話を取り、社長の携帯電話の番号を入力する。
 どうせ出ないだろうと思っていたが、今日はすぐ出てくれた。

「はい、天ヶ瀬です」
「小椋です、お疲れ様です! あの、社長。声優事務所の件です。いかがいましょうか?」
「あー……。返事してなかったっけ?」
「してないですよー。どうします? 向こうの提案通りでいいですか?」
「値引き交渉、どうなってる?」
「え? するんですか? 先方はもう明日からでも収録を始めないと七月には間に合わないと言っていますが」
「そりゃビジネスだからね。少しでも値段下げないと。向こうのそれ込みで見積もり上げてきてるんだ。値引き交渉は当然の権利だよ」
「は、はあ……。じゃあ、少し話してみますが、大筋はこれでいいですか? 契約書は後回しにして、もう収録を開始したいのですが」
「後回し? いいわけないだろう。先方とは付き合い長いけど、必ず契約書かわしてるよ。そういうところをしっかりしないと、トラブルになるし、会社としてやっていけなくなる」
「はあ……」

 天ヶ瀬はガチャマネーで儲かっている会社の社長ではあるが、元証券マンらしい正論と堅実さである。
 もはやそういうことを言っている場合ではないのだが、天ヶ瀬はまったく分かってくれない。そもそもこの話はメールで何度も送っているのだ。先に指示をくれたら、すでに対応しているはずだった。

「じゃあ、これから打ち合わせだから。あとよろしく」
「はい、承知しました」

 文見はうなだれて受話器を置く。

「どうでした? って聞くまでもないですね……」
「うん……。事務所ともう一回話せって。契約はそれからだと」
「どうするんですか? ほんと間に合わなくなりますよ」
「うーん……。やっぱ口頭で約束して、先に始めちゃうかな……」
「え? いいんですか、そんなことして。業務命令違反ですよ」

 再びパワーワード。
 お前はどっちの味方なんだと聞いてやりたい。

「いや、だってね。今から事務所にオッケー出しても、そこからスケジュールを組み始め、スタジオを押さえて、どんなに早くても二週間だよ? 今日が……6月10日だから24日。そこから撮り始めて……えーと、メインクラスは一日で撮り終わらないから……。そこで撮ればデータ納品は……。んー無理だ」
「それじゃ、契約書スルーしても無理なんですか?」
「本当に最優先のメインキャラの声優だけ先に撮ってしまって、間に合わないキャラはパッチで間に合わせるという手なら……。それが間に合うかは声優の予定が空いてる場合に限るんだけど……」
「じゃあ、やりましょうよ。声がないゲームなんて終わってますよ」
「でも社長が……。業務命令違反だし……」
「社長とゲーム、どっちが大切なんですか?」

 門真の言うことが逆になっている。声優のこととなると、もうめちゃくちゃだ。
 いろんな板に挟まれ、揺さぶられすぎて、文見もおかしくなる。

「げ、ゲーム……」
「間に合わないほうが問題になりますよ。責任取れるんですか? 早く事務所に話をつけちゃいましょう。ほら!」

 文見は悪魔のささやきに負け、できるだけ早く収録できるよう手配した。
 それでもリリース当日である7月27日までに全データを用意できるかは不明と言われてしまった。
 あとはうまく声優のスケジュールを組めるかにかかっている。
 そうとなれば、音声収録用に脚本をまとめなければいけない。収録脚本を作って事務所に送り、事務所から声優それぞれに送られる。そのため、脚本はできるだけ早く送れないと、声優の手元に届かないまま収録が始まってしまうことになる。やれるなら今日の便にでも乗せたいぐらいである。
 未作成のスクリプトは派遣社員に任せて、収録脚本の作成は文見と門真が担当する。収録用の体裁に修正し、誤字脱字を見つけ次第直していくことになる。

「時間ないから、半分こにしよう。間違ってるところは直接直しちゃって」
「相互チェックなしってことですか?」
「……まあ、したほうがいいんだろうけど、間違ってたらもう現場で直そう。まずは脚本提出優先」
「了解です。いつまでですか?」
「きょ……いや、明日の夜、タクシーで事務所に届けにいこう」
「明日……。分かりました。声優のためなら一肌脱ぎますよ」

 今日より門真が頼もしいと思ったことはなかった。
 切羽詰まったシチュエーションとテンションに押し切られ、禁じ手を使うことにしたが、悪いことをしてしてる罪悪感につきまとい、文見の睡眠時間を削ることになる。

第11話
第9話
(第1話)


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