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「ガチャ上の楼閣」第9話

 時間はあっという間に過ぎていき、気付けばもう夏季休業も終わっていた。
 都内の実家に帰ることもなく、ぼうっと自宅で過ごしてしまった。
 お盆の時期はイベントがたくさんあり、コスプレの話題に欠かない。また何かやろうかと思ったが、実行に移すほどの気力がなかったのだ。

「社会人はこうして趣味を失うんだな……。そういえば、お父さんは趣味なんだったんだろう?」

 夜遅くに帰ってきて、居間でゴロゴロし始め、いつの間にか寝てしまっている、というイメージしかなかった。
 文見のメインストーリー脚本はなんとか順調に進んでいる。門真はセンスは悪くないようで、従ってくれればなかなか良いシナリオを書いてくれた。
 それ以外のパートの作業も、遅れを取り戻すように急ピッチで作業していた。
 そして、いよいよ待望のキャラデザインが上がってきた。
 木津がデザインしたものだ。グラフィッカーチーム内で揉まれて、各チームのリーダーが出席する会議に提出された。
 会議室には大きく印刷したデザイン画が張り出されている。1キャラに対して数案デザインが出されている。
 今日はユーザーの分身である主人公キャラ、ヒロインキャラ「メイ」、主人公が初めて手にする英結の「華厳(の滝)」、ヒロインの使う「姫路(城)」を決める。
 自分の考えたキャラが絵になるというのは夢のようだった。今日という日があるから頑張れたというのもある。
 だが文見は絵を見て驚愕した。

「主人公キャラって男女選べるんですか……?」

 「主人公」と書かれたものには、髪の短い少年と長い少女があった。
 文見は主人公は男だけだと思っていた。
 「エンゲージケージ」がそうだったし、ライバルキャラが美少女キャラで、ハーレム展開になると聞いていたからだ。

「え? 言わなかったっけ。女性ファンも取り込みたいから女も選べるようにしたって。だから、英結キャラもイケメン増やそうって言ったでしょ。最近、いろいろうるさいから、男女選べるようにしとかないとな」

 と社長の天ヶ瀬が言う。
 昨今、ゲームにも男女平等の考えが入り込むようになった。プレイヤーキャラは男女選べるようになっていけないとクレームが来る。衣装も男女で数が違うと不平等だと言われる。また、どっちが「男」でどっちが「女」というのも書かないようになっていた。ゲーム側で押し付けたりせず、ユーザーに選ばせるというのが大切なのだ。

「そうでしたっけ……」

 まるで記憶になかった。
 もしかすると、多忙のためチャットを見逃した可能性もある。グループチャットは自分に関係ない会話も流れるので、たまに見ないことがあるのだ。どうでもいいアニメの話など雑談が混じるのがよくない。

(どうしよ、どうしよ……。男女で分岐作ってないよ? 語尾とか口調変えたほうがいいのかな。でもどうやってデータ持てばいい? やれたとして、二倍作るの? そもそもイベントの内容も男女で少し変えたほうがいい?)

 シナリオ班にとって主人公が男女両方いるというのは重大なことだった。
 主人公は男だと思っていたので、関わる英結は相手を男として対応している。男と男、男と女の会話になるから、話の内容がちょっと性的だったり恋愛絡みだったりすると成立しなくなるのだ。
 男女分けてストーリーを作成してもいいが、作る量が膨大に増えてしまう。対応できるかといえば、かなり苦しかった。
 木津がいろいろキャラデザインについて解説してくれるが、まったく頭に入ってこない。
 なんて大きな見落としをしていたんだろう。
 自分の作業も増えるし、男女で分けるならプログラマーに相談して仕組みを作ってもらわないといけない。
 これはシナリオリーダー失格の案件だ。
 会議参加者は黙っている文見を気にせず、生き生きとキャラデザインについてに議論していた。

「これ、かっこいいんじゃない? 今までにないタイプで」
「主人公なんだから悪目立ちしないほうがいいと思います」
「でも、広報的にたくさん露出するんだからかっこいいほうがいいだろ?」
「じゃあ、こっちがいいんじゃないか?」
「私のイメージだとこっちでした」

 文見はのけ者にされたような感じがしていた。
 ここまで必死にプロジェクトを引っ張ってきて、ここにいるキャラたちは自分が考えたものなのに、他の人たちが自分のキャラのように話している。
 主人公が男女選べるという話も、文見のいないところで彼らが勝手に決めたことなんじゃないだろうか。
 だんだん悲しくなってきた。
 自分のものをすべて取り上げられてしまったような気がする。

「小椋はこれでいい?」
「え? あ、はい、いいと思います」

 社長に問われ、よく分からないまま応えてしまう。
 ぱっと見、木津のデザインは全然問題なさそうに見える。どれが採用されても自分の思っていた雰囲気とは離れていないし、ユーザー受けするように思えた。

「じゃあ、男主人公はこれでいくか」

 没になった別案のイラストが壁から外される。
 そして、次に決める女主人公の絵に皆の視線が向き、また議論を始める。

(やっちゃった……)

 今の対応は非常によくなかったと思う。
 わざわざ社長が話を振ってくれたのだから、ちゃんと意見すればよかったのだ。
 社長は自分を担当者として認めてくれているから聞いたのだ。その期待に応えないといけないのに、子供のようにいじけていた。
 ひどい自己嫌悪に襲われ、この場にいるのがすごく苦しい。
 その後、文見は皆の議論を横で見守ることしかできなかった。
 今日決めるべきキャラのデザインが確定し、会議は終了した。

「あっ」

 会議室を出るとき観月とかち合った。
 観月は文見に失望のまなざしを向け、何も言わずに出て行ってしまう。
 言わないでも分かった。
 仕事を放棄した文見に呆れているのだ。
 あとでメッセージで観月に謝ってもいいが、観月にそういうのは無意味であることを、文見は知っている。
 反省したら行動で示さないといけないのだ。

(ごめん……。観月の作品だもんね、次はしっかり意見を言うよ)

 久世から社内チャットでメッセージが送られてくる。
 脚本を書いているところだったので無視しようと思ったが、連投がわずらわしいので確認することにする。
 声優決まったって!
 有名声優入れまくり!
 サブキャラは声優事務所と組んで、全部そこの声優入れるんだと!
 社長が決めてきたらしい!

「え、声優……。聞いてないんだけど……」

 キャラ設定資料にどんなキャラなのか、他ゲームやアニメキャラで言うと誰が近いのかは書いていた。しかし、それも数ヶ月前の話。実際に誰を声優するかの希望は聞かれていなかったし、社長が声優事務所に相談して決めているとも聞かされていなかった。
 久世からメインキャラの声優リストが送られてくる。
 なぜ文見よりも情報が早いのか謎である。社長や社長に近しい人物とすごく仲がいいのかもしれない。

「んー……。ちょっと言っておくかな」

 今や一人とはいえ、部下を持つシナリオ班のリーダー。声優はシナリオ班に大きく関わる。社長の行動に異議を唱えるかは置いといて、確認する権利ぐらいはあるはずだ。
 声優が決まったみたいな噂を聞いたんですが……。
 と社長にメッセージを送るするとすぐに返ってきた。
 希望だけ出しておいたんだけど、まさか通ると思わなかった。

「あくまでも仮で、本決まりじゃないから言わなかったってこと……? いやいや、事務所確認する前に何かあってもよかったと思うけど……」

 文見の反論を察したのか、続いてメッセージが来る。
 忙しいと思って言わなかった。すまん。

「そんなところで気を遣われてもなあ……。声優ってめっちゃ重要じゃん……。でも、社長は本気なんだな。声優にそんなお金かけるなんて」

 のけ者にされた感じはあったが、豪華声優が起用されるのはシナリオライターとして嬉しいものだ。もしかしたら、声優に会えるかもしれないし、演技を生で見られるかもしれない。
 それを考えたら、社長の連絡ミスなんてどうでもいいと思えてきた。社長がゲームを売れるよう、いろいろ尽くしてくれるのは単純に社員にとって喜ばしいことだ。
 先に声をかけてくれないのは、下っ端なんだからしょうがないと思うしかない。

「声優決まったんだって。超豪華声優だよ!」

 文見はシナリオ班唯一の部下、隣席の門真に言うことにした。

「え? 誰ですか? 井塚由羽花は嫌ですよ。あの人は売れてるけど、ファンへの媚びがひどいので」
「いや、その人はいないと思うから大丈夫だけど」

 いきなりネガティブ。
 門真は声優にかなり詳しい。文見の100倍ぐらい知ってる。
 その声優はこのプロジェクトのためアニメを研究していたときに、何度か名前を見かけたことがある。アイドル声優に分類される可愛らしい声優だった。

「よかったー。いたらアンチが絡んできて大変でしたよ。ゲームのイメージが悪くなりますね」
「そ、そうなんだ……?」
「で、誰になったんです? リスト見せてもらえませんか?」
「あ、うん。正式かは分からないけど送るね」

 なかなか食いついてくるので、声優選定会議などがあったら面倒だったかもしれないと思ってしまう。
 文見も声優が詳しいわけでもないし、このキャラはこの声優でないといけないという強い主張があるわけでない。本件は社長が決めてくれた、というのが一番いい落としどころだったのかもしれない。

「恥ずかしいこと言いたくないしなあ」
「何か言いました?」
「あ、ごめん。何でもない」

 自分の趣味主張しすぎて、見苦しいことにならないでよかったと、文見は思った。
 門真に久世からもらった出所不明のリストを送ったあと、社長からメッセージが来た。

「ン!?」

 オープニングはアニメ会社に依頼する予定。今度意見聞かせて。
 社長は文見をスルーしたのを反省しているようで、今度は前もって教えておこうと思ったようだ。
 これはものすごく嬉しい話だった。
 オープニングといえば、ゲームの魅力を存分に伝えるため、ゲームに登場するキャラが動きまくって、かっこいいところ、かわいいところを主張しまくるものだ。広報的にも一番露出するもので、ゲームをやらない人でも見かけるかもしれない。

「いいことあったんですか?」

 にやけてだらしない顔になっているのを門真に見られてしまう。

「ううん。何でもないの! 大丈夫だいじょうぶ!」

 続けて社長から「まだ極秘で」とメッセージが来ていたので、文見は言いたくて仕方ないのを我慢した。

「あ、声優決まったのは内緒だよ。社外は絶対ダメだし、社内で話すのもやめといたほうがいいね」
「当たり前ですよ」

 そういうと門真は声優リストを食い入るように見つめる。
 声優、そしてアニメに関われるなんて、どんだけ素晴らしい役得なんだろうか。
 門真にはそう言ったが、一日中顔がにやけていて、全然大丈夫ではなかった。

 そろそろ薄手のコートを羽織ろうかと思い始めた時節、久世から同期で飲みに行こうとメッセージが届いた。
 久世は「エンゲージケージ」を担当していたが、そちらもかなり忙しいらしく、しばらく三人で話すことはなかった。
 文見も当然多忙だったが、他チームと決めないといけないことに区切りがついて、あとはシナリオを書き進めればいいところまで来ていた。
 OKと久世に返事する。
 文見は仕事を早く終えて、よく利用する隣町の居酒屋やってきた。
 個室がしっかり分かれていて、ゆったりできるので好きだった。

「あれ、佐々里いないの?」
「今日は木津が仕事の愚痴言いたいんだってよ」

 個室にいたのは久世と木津の二人。
 どうやら木津が発起人だったようだ。木津が進んで愚痴を言いたいというのは非常に珍しかった。

「ちょっと聞いてよ」

 文見が座りなり木津が言う。

「飲み物頼んでからいい?」
「そんなの聞きながら頼めるでしょ」

 と言いつつ、木津はお店の端末でビールを頼む。
 どうやら文見の分を勝手に頼んでくれたらしい。
 木津が効率重視なのは重々承知なので、文見はそれについて何も言わない。文見もはじめの一杯と決めていたし、木津もそれを知っている。

「何があったの?」
「絶対殺す! 絶対許さない!!」
「いきなり物騒なんだけど……」
「あの社長なに? 頭おかしいの? 日本語分からないの? これまで何度も言う機会あったじゃん。それなのにずっと黙ってるし。いきなり決めたの? そしたら無計画過ぎない? それでも社長? 意味分かんない!」
「ええ……」

 いきなり怒涛の悪口コンボである。すべて社長に向けられているらしい。

「有名イラストレーターにキャラデザ頼むんだって」

 話が進まないので久世が教えてくれる。

「キャラデザってメインキャラは全部終わってるじゃん?」

 木津がすべて書いて、リーダー会議で決めたのだ。文見も参加しているのでよく知っている。
 序盤、自己嫌悪であまり積極的に意見できなかったのは、申し訳なく思っている。

「破棄して全部やり直してもらうんだってよ! なら私が書いたのはなんだったんだよ! あのクソが!!」

 木津は一気にビールジョッキを飲み干す。

「何杯目?」
「いや、まだ一杯目だけど……」

 久世は困った顔で言う。
 木津はお酒に強いのでビール一杯ぐらいで酔ったりしない。

「どうやら社長が箔を付けたいって、有名な人にキャラデザ頼むことにしたんだって。一応、木津が描いたのを下敷きにしてアレンジしてもらうらしいけど」
「下敷きって……。どうせ原型なんか残るわけないでしょ!」

 木津はたいそうご立腹である。

「名もなきイラストレーターと、フォロワー60万人の中村一心、どっちの絵を選ぶ? そりゃ中村一心でしょ! 私の絵なんかいらないわよ! むしろ邪魔だからゼロから描いてもらったほうがいいわ!」

 木津の絵は独特だった。
 人気だったり流行だったりする絵柄とは一線を画している。
 精密で美麗。一瞬で見たものの心を奪うことができる。
 社長もそれに惚れて、木津をキャラデザイン担当にしたのだ。

「もしかしてずっとこんな感じ……?」
「会社出たときからな……」

 新しいビールが来るなり、木津はすぐにあおり始める。

「けど、なんで社長はそんなことしたの? いきなりやるのはひどくない?」
「そんなの私に対する嫌がらせに決まってるでしょ!! 社長は私のことが嫌いなのよ。直訴したのを根に持ってるんでしょ! それなら、さっさとクビにすりゃいいのに! そしたら私が労基に訴えてやる!」
「いやいや……」

 いつも冷静な判断を下す木津がかなり壊れている。どのぐらいショックだったかが痛いほどに分かる。

「やっぱノベ単独のゲームだから、いっぱい売りたいんだろうな。失敗しないよう、やれることは全部しとくんだろう。絵って見た目も重要だけど、ネームバリューっつうかブランドも重要じゃん? 誰がキャラデザインしたかって絶対発表になるし、それで売り上げ変わってくる」
「うんこみたいな絵のせいで売り上げが下がるって!?」

 木津がめんどくさい絡みをしてくる。

「誰もそんなこと言ってないって。観月、しっかりしてよ」
「これがしっかりしていられるかっての! あたしの三ヶ月はなんだったのよ! お金の無駄でしょ? それならはじめから中村一心を雇えばいいじゃない!」
「まあまあ。社長は売りたいって気持ちが強いだけで、観月の絵が嫌って言ってるわけじゃないんだから」
「そんなことどうでもいいのよ。社長の行動のせいで不愉快な気持ちになってる、ただそれだけ!」

 怒り狂うその気持ちは分かるが、無茶な道理を言われると困ってしまう。
 木津はビールジョッキを空にする。

「だからね。今は言わせて。明日には全部忘れて元気になってるから」
「観月……」
「世の中は不条理なものよ。受け入れたくなくても受け入れないといけない。社長に悪意がないのは分かってるわ。でも許せない。私の絵をなかったにするのは、私の人生をなかったことにすることだから」

 木津は文見のビールジョッキをぶんどって飲む。
 社長のきまぐれには文見も苦しめられている。かばってくれなかったり、声優を勝手に決められたり。そのたびに精神をかき乱される。

「だから今日だけは文句を言う。死ぬほど言う。殺すほど言う。誰も傷つけないで、自分の傷だけ回復させる」

 無茶苦茶な論調だがその分、木津の気持ちはよく伝わってくる。
 観月は強いなと、文見は思う。
 自分だったらどうしていただろう。せっかく書いたシナリオを破棄して、プロの小説家に書いてもらうことになったら。
 泣いていたかもしれない。おかしくなって、社長に直接文句を言ったかもしれない。

「まあ、飲もうや! お姉さん、ビール3つください!」

 久世は通りがかった店員を呼び止めて注文する。

「小椋さん、やばいことなってますよ……」
「ん?」
「これ見てください」

 門真がモニターを指さす。
 文見は立ち上がって、横の門真席をのぞき込む。

「なにこれ……?」

 モニターには匿名掲示板の書き込みが表示されている。
 タイトルには「エンゲジ終了のお知らせ、新規イベントなし」とある。

「『エンゲジ』、炎上してますよ」
「なんで? どういうこと……?」

 ノベルティアイテムの主力ゲーム「エンゲージケージ」がサービス終了するという話は聞いていない。
 売り上げは好調で、先週もランキング上位を維持していると報告があった。

「新規イベント、間に合わなかったらしいですよ」
「うそ……」

 「エンゲジ」は毎月、新イベントか新キャラが追加されていることになっていた。
 交互に新要素を追加することでユーザーを飽きさせないようにし、課金を継続してもらえるにする施策だ。

「告知していた日に間に合わなくて、昔のイベントをそのまま出したらしいんです」
「聞いてないんだけど……」

 文見が「ヒロイックリメインズ」チームに移ってから、「エンゲージケージ」の進捗会には参加していないので、あまり情報が入らなくなっていた。
 だが社員は皆同じフロアにいるので、何かあれば情報が入ってくるはずだ。
 そう、会社一のおしゃべりは「エンゲジ」のプログラマー。そんな大事件があれば、久世が教えてくれるはずだった。

「社長は忙しそうにしてたな……。チェック出したのにまだ返ってきてないのあるよね」
「はい、社長に10件ぐらい出してますが、3件完全に放置されてます」
「んー、んんんん……。どうしたんだろ……」

 これまで新規イベントが間に合わなかったことはない。厳しいときはあったが、休日返上で働きなんとかしてきた。文見も何度か経験している。

「ネットではそんなに大ごとになってるの? 終了っておおげさな……」
「新イベ告知してたのに、いきなり過去イベですからね。ユーザー怒ってますよ」
「それはそうだけどさあ」
「かなりの異常ですよ? そんなことするゲーム、他にないので」

 門真は強い口調で言う。

「ノベ内部で何かが起きたんじゃないかって話題です。単純に間に合わなくなったのか、トラブルが起きたのか、それとも何かの理由でエンゲジをサ終しようと思ったのか」

 サ終とはサービス終了の略である。ある日を境に、そのゲームがもう遊べなくなってしまう。

「新規イベしかやらなかったゲームが、過去イベを復刻するのって、サービスを畳みたい意図が運営にあるものなので、それも影響してるんじゃないかと」
「そうなんだ……」

 会社として「エンゲジ」の開発を打ち切ることは考えられない。サービスを三年以上続けているが、まだまだ順調過ぎるくらいのタイトルで、毎月何億もの利益を上げているのだ。

「ライセンスの問題、サーバーレンタル期間が終わる、世に出てたらやばい表現があった、とか書いてありますね」
「いやいや、やばいことなんてないって……」

 ぎりぎり攻めた性的な表現はあったが、怒られたら差し替えればいいだけどの話だ。
 これまで必ず間に合わせていた新規イベントを落としていた原因が思いつかなかった。

「やっぱ単純に間に合ってないんですかね? 『ヒロクリ』に人を割いたのがマズかったとか。けっこう借り出されてるそうですし」
「借り出し?」
「『エンゲジ』チームの人、『エンゲジ』やりながら『ヒロクリ』手伝ってるみたいですよ」
「掛け持ちなんだ!?」

 「エンゲージケージ」と「ヒロイックリメインズ」ではチームが分かれ、席も離れている。だが「エンゲージケージ」チームは「ヒロイックリメインズ」も手伝っているという。

「知らなかった……。久世が忙しそうにしてたのもそれだったんだ」

 自分のシナリオパートが忙しすぎて、他のパートの事情をあまり把握していなかった。
 いつもは久世から毎日のようにメッセージが来るのに、しばらく連絡がなかった理由は仕事がひどく忙しいからのようだ。

「やばいっすね。『ヒロクリ』もだいぶ遅れてるし、『エンゲジ』にも影響が出てるんじゃ……」
「うーん……」

 これは完全に社内で仕事が回っていないということだった。

第10話
第8話
(第1話)


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