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君の本気見せてよ。1

僕がまだ5歳の頃
初めてサッカーの試合を見た。
テレビに映っていたのは、
青と臙脂の服を着た小さな選手。
他の選手と比べても明らかに小さい。
それでも、彼は圧倒的なプレーで
相手を翻弄し、ファンを魅了した。
足にボールが吸い付いているようだった。
彼は相手を5人抜いてゴールを決めた。


その姿を見た瞬間、僕は父親にこう言った。

「サッカーをやりたい!」と。

元々利き足は右だったけれど、
彼に憧れて左足だけを使って練習をした。
彼みたいなドリブルがしたい。
彼みたいなシュートを決めたい。
彼と同じチームでプレーしたい。

本気でそう思っていた。

𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
あれから12年。
僕はサッカーを辞めた。
理由は怪我だった。
"右膝前十字靭帯断裂"
医師の言葉によると全治1年。
最後の大会にギリギリ間に合うかどうか。

1年間練習出来ないのに
最後の大会になんて出れるわけない。
そう思って僕はサッカーを辞めた。

自慢じゃないけど怪我をするまでは
チームの主力選手だった。
背番号は30
ポジションは右WG
彼と同じだった。


試合のユニフォームも
10番は1つ上の先輩が着けていたから
背番号は19番。


監督には7番を勧められた。でもそれは
彼の最高のライバルと同じ背番号
だから僕はそれを断った。

それくらい拘り、それくらい必死だった。
でも、あまりにも大きい怪我だ。
監督はチームを辞めないよう
僕を引き留めてくれた。
全面的にサポートすると言ってくれた。
でも僕は断った。
彼になれないなら
僕にはサッカーを続ける意味は無い。
そう思っていた。

手術が終わり、リハビリが始まった。
最初はキツかったけれど、徐々に
歩けるようになり、少しずつだけれど
ジョギングも出来るようになった。
少しでも早く治したいから
必死でリハビリをした。
サッカーをやりたかったからじゃない。
日常生活を自由に送れるようにするためだ。

秋頃、僕は朝のランニングを始めた。
ランニングと言っても
ほぼジョギングの速さだけど。
少しずつ走れるようになってきた。
でもボールを蹴る勇気は、僕にはなかった。
また同じ怪我をするかもしれない
そう思ったら足が動かなかった。

冬、ある程度足を動かせるようになった。
医師にはボールを蹴ってもいいと言われた。
部活には戻れないけれど少しくらいなら
そう思って近くの公園に行った。
少し雪が降る中、あの日以来半年ぶりに
足でボールに触れた。
彼を見てからずっと真似をしていた
ダブルタッチを試しにやってみる。
「いける、いけるぞ。」
つい、声に出てしまっていた。
1度触れはじめてしまうと
そこからは止まらなかった。
気付いたら1時間も蹴り続けていた。
少し休憩しようと近くのベンチに座った。
まだ少し痛むけど、やれる。
もしかしたら、戻れるのかもしれない。
そう思った。けど、
戻ったところで、僕の居場所はあるのか。
そんなことを考えていた時、
目の前に人の影が現れた。顔を上げると
びっくりするくらい美人な子が
僕の顔を見つめていた。

fin.

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